第二十話 聖属性の魔力
例えば、王都西部では王国でも最大規模を誇る盗賊団『天上簒奪』と巡回中だった騎士たちが激突していた。
魔法が交差する度に厳つい顔をした盗賊側と騎士側それぞれに着弾し、決して軽くない損傷を刻んでいく。
普段ならば盗賊相手に苦戦することもなかっただろうが、あくまで民の避難を優先している騎士側はその背中に守護対象を庇っての戦いとなる。その分だけどうしても反応が遅れ、凶悪犯や最高位ランクの冒険者と違って一人当たりの力はそこまで高くない盗賊たちを仕留めきれずにいたのだ。
それでも王都西部は比較的マシではあっただろう。他の区画と違って規模は大きいが構成員一人一人の戦力はそこまで高くない盗賊を相手にすればよかったのだから。
そう、そのはずだったのだが、
「おらよっとォッッッ!!!!」
戦況は一撃でひっくり返された。
轟音が炸裂する。
その正体は拳。振りかぶり、放った拳の余波がどこまでも伸びる。騎士側が魔法で作りあげた防壁を紙のように簡単に引き裂き、衝撃波が殺到する。騎士たちが軽々と宙を舞う。それだけでなく、近くの建造物もダース単位で巻き込み、砕き、原型も留めないほどに破壊するほどだった。
盗賊王ドンファルト。
盗賊団『天上簒奪』のボスにして複数の騎士団を束ねて全ての騎士の頂点に君臨する『大将軍』の右目をその背に背負った大剣で斬り裂いたこともある偉丈夫である。
二メートルは超える巨体は筋肉で肥大化して魔法による補助がなければ内臓を押し潰す領域にまで至っていた。
獣のごとき獰猛な笑みを浮かべて、彼は言う。
「情けねえな、おめえら! 俺様がいねえとダメダメじゃねえか!!」
「うっす。すんません、ボス」
「仕方ねえから不甲斐ねえおめえらのために邪魔な騎士どもはぶっ殺してやったんだ! 感謝しろよな!!」
「うっす!」
「つーわけでそろそろお楽しみと洒落込むか!! さあ、略奪の時間だあ!!」
騎士という守りを失った民へと、他者から奪うことを生業としている盗賊団の悪意が殺到する。
ーーー☆ーーー
そんな悪意の数々を彼は王都全体が見通せる展望台の柵に寄りかかるようにして眺めていた。
何の変哲もない中年男。
薄汚れた彼は民衆に紛れれば見分けがつかなくなるほどに特徴のない男であったが、その正体はあらゆる悪意を芽吹かせ、育てて、撒き散らした根源である。
『悪意百般』。
死者の群れの『原因』や無数の凶悪犯、王国の最重要拠点たる王城さえも追い詰めるほどの主戦力、最高位ランクの冒険者に王国最大規模の盗賊団さえも一つの『組織』と束ねて操る男は、しかしどこか退屈そうに欠伸すら漏らしていた。
こんな一方的な展開は遊び心に欠けている。
「第二王子の顔は中々にそそるものがあったが、そこからはダメダメだなあ。まだあちらさんは花開かないのかあ?」
「心配はいらないですよ、『私の神』」
そっと。
『悪意百般』に寄り添うは白と赤を基調とした独特な服装の女であった。『巫女』。その腕をある『少年』の絶望の末に真っ赤に染め上げた彼女はうっとりと恋する生娘のように頬を赤くしていた。
「私はこの瞳で見据えた生物の未来を見通すことができます。それが望むものでなければ、望むものになるよう今後の行動を変えていけばいい。その度にこの瞳が見通す未来は変わるんですから、いずれ必ず望む未来が見えるんですよ」
だから、『組織』はあらゆる障害を跳ね除ける未来に至るよう行動を変えていき、ここまで辿り着いた。
『巫女』の未来予知。
その瞳で直接見つめた生物の未来を見通す、という条件を最大限に生かすために物体を透過する魔法や視力を増幅する魔法を会得して王国中を見通し、主要な人物の未来を観測し、望む未来に変わるまで今度の予定を変更し、『本来の物語』を歪めに歪めたのだ。
御大層な看板も世紀の天才という冠も意味はない。
どんな力があろうが、どんな才能を宿していようが、『巫女』が存在する限りこの世に生きとし生ける者はその未来を掌握されるに等しく、必ず敗北するように未来を支配されるのだから。
だから。
だから。
だから。
「なあ、『巫女』。まさかとは思うが、俺の命令を無視してミルアが才能を開花させることなく死ぬ未来を選択したなんてことはないよなあ?」
その問いに『巫女』の瞳が限界まで見開かれる。
その反応が全てだった。
「まったく、その様子じゃ『組織』でも一、二位を争うあの男までグルかあ? 俺のためを思ってのことなんだろうが、それじゃあ遊び心がなくてつまらないだろうによお」
「もっ申し訳ありませんっ。しかしですね、いかに『私の神』の願いといえども──」
「まあ、いいさ」
『悪意百般』は言う。
何かに期待するように。
「もしもここまでつまらない展開をひっくり返してくれたならば、そっちのほうが面白くなるだろうしなあ」
ーーー☆ーーー
例えば、それは『慈悲の象徴なりし聖女』と呼ばれた。
例えば、それは『救国の戦乙女』と呼ばれた。
例えば、それは『奇跡の少女』と呼ばれた。
彼女たちは生まれながらに普通の人間とは性質そのものが異なる魔力を宿していた。その特別な魔力は単純な術式による魔法の性質さえも大幅に増幅だけでなく、対となる特殊な魔力を打ち消す性質を宿していた。
そう、女勇者のそばで死ぬまで添い遂げた彼女も、女勇者がつくりあげた理想郷の崩壊の危機を阻止した彼女も、致命的な損傷や治療法が確立されていない病さえも癒やす奇跡のような力を無償で振るった彼女も、全員が特別な魔力を持っていたのだ。
『聖属性の魔力』。
この魔力の持ち主を保有していればいずれ必ずやってくる『破滅』においても有利に立ち回れることだろう。
だから王国は『候補』を探してきた。
だから国王を含めた極々少数しか知り得ない『過去の記録』や長年研究を続けて完成させた魔力分析装置を基に『候補』が本当に聖属性の魔力を覚醒させられるか国王からの命令で存在さえも秘匿されている第零騎士団主導で誰にも気づかれることなく調査は続けられていた。
だから『候補』だったミルアが失踪して数日が経過したその日、ようやく結果が出たのだ。
「ミルアは聖属性の魔力を宿している、か」
玉座に座す国王は苦々しく吐き捨てていた。
もちろんミルアは未だ覚醒はしていない。というか覚醒していれば時間をかけて調査をせずとも一目でわかるだけの変化があるのだ。
何のために『魔法の保護』を政策として掲げていると思う。魔法を廃れさせないために才能ある者を国を挙げて支援するという形にすれば『候補』者を自然な形で手元に置くことができるからだ。
何のためにミルアのような『候補』を名門魔法学園に放り込んでいると思う。王国の支援で成立している学園内部に人員を送り込み、授業の一環として『候補』者の魔力を摂取したり身体を調べたりとどうしても時間のかかる調査を円滑に進めるためだ。
何のために第一王子がミルアにうつつを抜かしているのを放置していたと思う。もしもミルアが聖属性の魔力の持ち主ならば王妃として囲い込むだけの価値があるからだ。
……そこまでして『候補』たるミルアは手元に置いておきたかった。それこそミルアの周囲には第零騎士団による監視がついていたほどだ。もちろん何があっても逃がさないために。
それでもミルアは失踪した。
何者かに誘拐された。
何者かは王国最暗部たる第零騎士団さえも翻弄するだけの力でもってミルアを誘拐したとなれば、単に年端もいかない少女相手に劣情して犯行に及んだなどという陳腐な目的ではなく──
「となれば、ミルアは聖属性の魔力目当てに誘拐されたと見るべきか」
「まあ、普通にそうだろうなァ」
苦々しい国王の言葉にも、玉座を見上げるように対峙する第零騎士団団長の返しは軽いものだった。
黒いモヤのようなもので全身を覆い、男かも女かもわからない声音で第零の長は言う。
「とはいえ誘拐犯側がミルアの価値に気づいているならば、今すぐ殺されるようなことはないだろう。取り返すだけの猶予は残されているさ」
「だといいがな。もしも『奴』を神聖視するような連中が先手を打ったとすれば、ミルアはすでに殺されているかもしれない。いかに聖属性の魔力が覚醒しようとも死んでしまえばどうしようもないぞ」
「その辺はうまく進むよう期待するしかないなァ。今回『は』ってなァ」
「……?」
「それより、外の騒がしいのはどうするつもりだァ?」
「ふん。もちろん皆殺しに決まっておろう。最悪『奴』との決戦に向けて用意しておいた隠し球を使ってでも俺の王国を揺るがす不純物は排除してやろうぞ」
ーーー☆ーーー
どんな理由があろうとも、どんな希少価値があろうとも、どんな背景があろうとも、どんな前提条件があろうとも、どんな望みが託されていようとも、どんな思惑が複雑に絡み合っていようとも、それでもだ。
死んだ人間を生き返らせる魔法は存在しない。
絶対に。




