第二話 お風呂タイム
私はおっきなお風呂に浸かりながら両手を上に伸ばして、思わずこう漏らしていた。
「あー……監禁さいっこう☆」
ご飯はくっそ美味しいし、お風呂とか平民にとっては大衆のヤツにたまにいくのが精々な贅沢なんだよ? それを『朝はお風呂に入るのが普通ですよね?』って何それ!? 公爵令嬢の普通ばんっざあーい!!
「しっかし、私のせいでセリーナ様が破滅する、ねえ。嘘をついている感じじゃなかったけど、うーむ?」
嫉妬云々は置いておくとして、私に嫌がらせをしたとしてセリーナ様が裁かれる? その辺は今の私の悪意に晒されたぼっちな状況とかをセリーナ様のせいにされたってことで一応辻褄は合いそうだけど、公爵家から勘当されるとか国外追放を命じられるとか罰が重すぎない? 仮にも第一王子の婚約者に選ばれるほどに優秀な公爵令嬢を裁く理由が私のような平民に嫌がらせをしただけってのはちっとばっか弱すぎるよね。
そりゃあセリーナ様も『──わたくしがやってもいない嫌がらせをわたくしのせいにされているので、「何もしない」だけではあの破滅は回避できそうにありませんでした』って言うよね。正直言って未来予知の内容は不自然すぎる。最悪あの第一王子ならどんな馬鹿げた暴走しても不思議じゃないけど、だとしても普通なら周りが止めるはずだからね。
『何か』がある。
だけど、その『何か』が見えてこない。
不穏すぎる! まさか私も知らず知らずのうちに不穏な『何か』に巻き込まれているってことはないよね!? 何はともあれ未来予知とやらが本当だとしたら私のためにも良い感じに対処してほしいところだよっ。
「ミルアさま、お隣失礼します」
「はいはい。……はいぃいい!?」
唐突に、だった。
足を伸ばすどころか軽く泳げるくらいに大きな湯船に浸かっていた私の隣にセリーナ様がやってきたのよ。
「どうかしましたか?」
「どうかって、だって、あのそのっ!」
いや、あれだよ。平民にとって公衆のお風呂が精々だから不特定多数と一緒にお風呂に入るってのは慣れているんだけど、それにしたってセリーナ様だよ!?
同性の私でも見惚れるほどに美しい、大袈裟でも何でもなく女神の生まれ変わりなんじゃってくらい美貌の臨界点を軽々と突き抜けているあのセリーナ様が私の隣にっ、一緒にお風呂でっ、つまりは服を着ていないわけで、だから、うっわ、わわわあ!?
「……さま? ミルアさま!?」
「ハッ!?」
やばい、今意識が飛びそうになっていた!?
いや、いやいやっ。落ち着け私。セリーナ様は私と同じ女だよ? そりゃあ私のように黒髪黒目とそう言えば私以外には見たことのない珍しい色をしているだけで顔立ちだのは平凡な有象無象と違って、天使だの女神だのって例えさえも相応しくないほどに美しいセリーナ様が目の前にいるわけだけど、それでも同性は同性なんだから!!
気をしっかりもって。
こんなの普通、別に意識するようなことじゃない!!
「セリーナ様あっ!!」
「っ、は、はい!?」
叫んで、そして私は真っ直ぐにセリーナ様と向き直った。
「ふっ」
「ミルアさま?」
「これはだめだね」
結果?
普通にぶっ倒れましたけど???
ーーー☆ーーー
「おっきなたわわが……はだいろわっしょい……ハッ!?」
飛び起きると、そこは私が監禁されている豪華絢爛な部屋だった。
そっか、私はセリーナ様のはっはだっ……生まれたままのお姿を見て、それで……ううむ、具体的にどんな感じだったのか何も思い出せない。
残念なような、だけど覚えていたら耐えられそうにないし、これは一種の防衛本能なのかも?
「ミルアさま、大丈夫ですか!?」
「あ、うん。大丈夫大丈夫。ちょっと、その……のぼせただけだから」
破壊力が半端なくて耐えられなかったとか言えないよね、うん。
「そうでしたか……。本当に大丈夫なのですよね?」
「だから大丈夫だって。平民は身体が丈夫なのだけが取り柄なんだからさ」
うーむ、この話題を深掘りされても不都合なことしか出ないからね。矛先を逸らさないと。
「それよりどうしてセリーナ様は私と一緒にお風呂に入ろうと思ったの? 平民ならまだしも、貴族って誰かと一緒にお風呂に入るとかあんましなさそうだけど」
「それは……」
言いにくそうに眉を顰めるセリーナ様。
ああ、なーるほど。私が脱走でもしないかどうか心配だったわけね。貴族ならそういう監視は従者に任せそうなものだけど、まさかここには従者の類がいないとか? そりゃあ監禁とかやってるんだから通報とかを防ぐために関わる人間は最小限にすべきだけど、公爵令嬢であれば口が硬い人員だって確保しているものじゃないのかな?
だから。
だけど。
私の予想に反して、セリーナ様はこう言ったのよ。
「誰かと一緒にお風呂に入るというものに憧れがありましてどうしても我慢できず……申し訳ありません! わたくしが勝手に監禁しているのに、あのような身勝手な真似をしてしまって!!」
公爵令嬢が平民に対して謝罪をするばかりか、勢いよく頭を下げているなど前代未聞なわけなんだけど、そんなことがどうでも良くなるくらい私の頭の中はごちゃごちゃに荒れ狂っていた。
は? 可愛すぎない???
いや、だって、はぁ!? 何それ言葉にならないんだけど!!
「そ、そそ、そうなんだ。それは、うん。私でよければいくらでも付き合うよ、うんうん!!」
「本当ですか? 迷惑ではありませんか?」
「全然だよ、うん、うんうん!!」
いやあ。
これが全部嘘だとしたら、セリーナ様は大したペテン師だよね。
それはそれとして、
「ねえセリーナ様。なんか私、凄い格好になっているんだけど」
「そうですか?」
改めて見れば、お風呂上がりでほんのり髪が濡れていて色っぽい漆黒のドレス姿のセリーナ様がキョトンとしていた。
いや、だって、待ってよ!
私は単なる平民で、もちろん格好だってそこらの安物のシャツにズボンだったんだけど、それがなんかふりふりになっているんだよ!?
ゴスロリっていうのかな? ふりふりで、ひらひらで、なんかスースーするくらい露出が多い!! しかも色は黒だから漆黒のドレスのセリーナ様と並ぶと、その、お揃いにも似た感じで、こう、むずむずする!!
「ミルアさまに似合うと思ったのですけど、嫌でしたか?」
「うぐっ」
そんな残念そうな顔するのは卑怯じゃない?
そんな顔されたら答えは一つしかないじゃん。
「いやじゃ、ないよ」
「そっ、そうですか! それは良かったです!! お似合いですよ、ミルアさまっ」
私はこんな格好が似合うほど可愛らしくないと思うけど、セリーナ様が楽しそうなら別にいっか。
これはこれでセリーナ様の色に染まっている感じで悪い気はしないしさ。
……って、ちょっ、何を考えているのかな私はっ。ちっとばっかセリーナ様がぐいぐいと距離を詰めてくれているからって調子に乗り過ぎじゃない!?
そりゃあ第一王子とのアレソレがあったから絶対に恨まれていると思って考えないようにしていただけで、セリーナ様は本当に綺麗で、遠目で見ているだけでも憧れていたものだけど、うおう! 冷静になるのよ私い!!
相手は公爵令嬢なんだよ。
この監禁だってセリーナ様の破滅を回避するためだけのもので、私とどうこうなるためのものじゃないんだから。
しばしの役得だって楽しむので十分。
そんなの考えるまでもない当たり前ってものだよね。