第十七話 最後に勝利するのは
「へ、へっへっ」
今も拳には痺れるような手応えが残っていた。
あれだけ絶対的な力を振るってきた第一王子を殴り飛ばした手応えがよ。
「やった、助けられたっ。セリーナ様を守れたよお!!」
「ミルアさまっ!!」
「うえっ!?」
いきなりだった。
後ろから抱きついてきたのがセリーナ様だとわかった瞬間、顔に熱がぎゅわっと集まるのを感じていた。
いや、あの、セリーナ様!?
抱擁ってのにはいい思い出がないはずなのに、ああもうこんなの反則だよねっ。すっごくドキドキする!!
「どうしてあのような危険な『作戦』を実行したのですか!? 一歩間違えば殺されていたのですよ!?」
「あー……でも結果的に二人揃って生き残れたんだからよくない?」
普通にやり合えば時間停止魔法を持つ第一王子が勝つ可能性が高かった。だからこそ私たちが勝つには第一王子に自滅してもらう必要があったのよ。
うん、自画自賛になるけど時間停止魔法を発動するために必要な『隙』を突くってのは結構いい『作戦』だったよね。
何せ時間停止魔法は第一王子にとっても確実に勝てる自信のある魔法なんだから、できれば発動して確実な勝利が欲しいはず。だったらうまい具合に誘えば『隙』を晒してでも時間停止魔法に手を出すのは想像がつく。そこにセリーナ様の魔法をぶつければ確実に勝てるってね。
まあ『作戦』が成功する前に私がくたばる可能性もあったけど、それならそれで失敗した時点で逃げ出せばセリーナ様だけは生き残る可能性もあったからね。有無を言わさず突っ込むことでセリーナ様が納得していようともしていなくとも協力せざるを得ない流れにするくらいのメリットはあったと思う。現に第一王子に勝てたわけだしね!
「ミルアさま」
ぞくり、と。
ある意味において怪物を極めていた第一王子と対峙していた時よりも身震いするほどの寒気が……、
「わたくし、怒っているのですよ」
「ひっ!?」
あ、あれ?
なんだか今まで聞いたことのないくらいセリーナ様の声が低く重たいような???
いやでも、なんで? セリーナ様に余計な負担をできるだけかけず、普通にやり合うよりも勝算の高い『作戦』だったと思うんだけど!?
「わたくしを守るためにこんなにも傷だらけになって! そんなになってまで守って欲しいと誰が言いましたか!?」
「いや、それは、ええっと、どうせ治るし気にしないでいいよ、うんっ」
「気にしないわけがないでしょう!!」
「わっひゅう!?」
「わたくしは、わたくしだって! ミルアさまのことを──」
と、そこで。
それは起きたのよ。
ーーー☆ーーー
その瞬間、惑星全土の時間は止まった。
ここからは支配者の時間である。
ーーー☆ーーー
静寂が世界を覆っていた。
私の意識だけがはっきりしているのが妙で気持ち悪い。
身体は動かず。
声は出せず。
そこで私は目にした。
ゆらりと、確かに立ち上がるその存在を。
「はっは」
笑う。
笑って笑って、君臨する。
「ははははは!!」
決して無傷ではなかった。顔面は無惨にも崩壊するように潰れていて、それでも彼の意識までは断ち切れなかった。
だから。
だから!!
「これが王族だ! これが支配者だ!! これが僕の真なる力なんだよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
第一王子グルス=イミテーションフロンティア!!
あの野郎の時間停止魔法が発動したっていうの!?
「は、はっは、はぁっあ!! 感謝しろよ。貴様らの意識は停止しないよう術式を弄ってやったんだから」
怪物は笑う。
笑い続ける。
「後悔しろ、屈服しろ、僕のものにならなかったことを懺悔して絶望しろ!! それが、それだけが! 哀れな貴様らに唯一残された道なのだから!!」
時間停止魔法。
一分間限定とはいえ惑星全土を覆い尽くし、全ての時間を停止させることが可能な第一王子の切り札。
そんなものが発動しては、もうどうしようもない。
セリーナ様でもここまで大規模で無差別な時間魔法は使えないんだから。
……貴様らなんて言ったってことは私と同じくセリーナ様の意識も停止した時間の中でも残っている。それが何を意味するか。本当性格が悪いにも程があるよね!!
「まずは痛覚を増幅する。単に生きているだけでは味わえない苦痛をその身に刻んでやる。その後は精神だ。心が壊れるのは肉体的な痛みとはまた違うと知るがいい」
一分もあれば、あれだけの魔法を網羅している第一王子であれば死よりも辛い目に合わせることだってできる。というか、そのためだけに意識を残しているのよ。
停止した時間の中で私たちを殺せば何も感じることはない。そんな結果では納得できないから。
は、はは。
ふざっけんじゃないわよ!! 私はともかくセリーナ様まで死よりも辛い目に合わせるだなんて、このクソ野郎!! ぶっ殺してやるッッッ!!!!
動け。
動けよ、私の身体!! ここで動けないと、動かないと、私は何のためにこれまで惨めな思いをしてでも生きてきたってのよ!?
血の繋がりも親切ぶったにこやかな笑みもどうしようもなかった。世界には心の底から大切に思えるものなんてないと思っていた。
だけど、見つけたのよ。
こんなにもあたたかいならば、例え嘘でも騙されていてもいいって思えるほどに大切なものを!!
今日この日のために私は泥をすすってでも生きてきたと断言できる。セリーナ様のためならばこの命を捨てたって構わない。
だから、お願いだから。
セリーナ様だけは殺さないでよ……。
「これで終わりだ!!」
「ああ、終わりである」
ザンッッッ!!!! と。
停止した時間の中で、私の目の前で、支配者として確かに君臨していた第一王子の首が刎ねられたのよ。
「…………、え?」
思わず唖然として声が漏れていた。
声が漏れることが許されていた。
時間停止魔法。
絶対的な必殺の魔法が一分も経たずに霧散していた。術式に魔力を供給して魔法を支える術者が死ねば当然魔法も消える。つまり私が二度に渡ってぶん殴っても倒せなかった第一王子が死んだということよ。
そこに立っていたのは男でありながら格好いいよりも美しいが先にくる長身の男だった。深い茶色の長髪を後ろで一本に纏めて黒の燕尾服を纏ったその男は『危機的状況』に駆けつける、それこそ物語のヒーローのような男だったのよ。
『彼』は第一王子の、そう、仮にもこの国の王子の首を刎ねた右手にこびりつく血を軽く払いながら、何でもなさそうに話しかけてきた。
「大丈夫であるか? 随分と酷い怪我をしているようだが」
「あ、うん。これくらいならそのうち治ると思う」
「そうであるか。あ、もう一つ。力が漲ったりしていないであるか?」
「力? なんで???」
心配そうに、私の身を案じるその男に、だけど私は違和感を感じていた。
『危機的状況』に駆けつけて、颯爽と助けてくれた。
普通なら感謝するのが当然で、何ならそのシチュエーションにドキドキするものなのかもしれない。
だけど、それでも。
私の脳裏に浮かんでいたのは血の繋がりや親切ぶったにこやかな笑顔で──
「それはよかった。楽に殺せるに越したことはないのであるからな」
その瞬間。
痛みを感じる暇もなく私の意識は消え去った。




