第十六話 死中に飛び込んでこそ勝機あり
第一王子とセリーナ様は見た目上は対等にやり合えている。厳密にはセリーナ様のほうが劣勢なのかもだけど、今すぐ押し流されるほどの力の差があるわけじゃない。
だけど、第一王子には時間停止魔法がある。
そんなものを使われては確実に殺される。……セリーナ様には時間を巻き戻す魔法があるみたいだけど、無機物限定の上に効果範囲は掌サイズ程度だと対象が無制限で惑星全土を巻き込める時間停止魔法には対抗できないよね。
だったらどうすればいいか。
そんなの簡単よ。
だんっ!! と私は勢いよく前に出る。
第一王子とセリーナ様の魔法がぶつかり合う激戦区へと。
時間停止魔法を発動するには多少の『隙』が必要で、だけどこのままじゃ強引に『隙』を押し流すだけの猶予を勝ち取られるかもしれない。
だからその前に手を打つ必要がある。
第一王子対セリーナ様という構図ではいずれ追い詰められるのならば、そこに私を追加して僅かながらも助力する、ってだけでもないけど、とにかく時間停止魔法を万全の状態で発動させないためにも手を打つ必要があるのよ。
「う、ォおおお!!」
恐怖心を、無理にでも押さえつける。
身体強化魔法で多少は頑丈になっているとはいえ直撃すればほとんど死ぬのは確定。そんな魔法が数十と激突する中を突っ切る必要があるのよ。怖くないわけがないじゃない。
それでも生き残るにはこれくらいの無茶をしないといけない。第一王子という金字塔をぶち破るには真っ向な手段じゃ意味ないのよ。
と、そこで私は背筋に走った悪寒に従って後ろに飛び退いた。そんな私の目と鼻の先へと大木のごとき雷撃が降り注いだ。そうかと思ったら世界最高峰の金属だろうがドロドロに溶かす強酸の津波が迫り、私を追い越すように放たれた炎の渦が強酸の津波を蒸発させたのよ。
セリーナ様の援護がなければ今の一瞬で死んでいた。
しかも、よ。
「……づッ!?」
身体が文字通り痺れて軋む。
肌が溶けて爛れていた。
雷撃に強酸。
凌いでもなお身体にダメージを刻んでくるほどに強力な魔法だった。
そして、別にこんなものは必殺でもなければ切り札でもない。第一王子にとっては数ある手札の中の一つでしかないのよ。
「チッ。自信なくすよね」
身体強化魔法は身体を『記号』としているので自然治癒力も底上げしている。これくらいの傷なら時間があれば治せるけど──そこで耳をつんざくほどの轟音と共に不可視のエネルギー波が、雨のように降り注ぐ爆撃が、森林でも広げるように地面から飛び出す巨大な剣や槍が、セリーナ様の魔法によって迎撃された。
それでも、なお、私の身体はその激突の余波で左腕の肉が骨が見えるほどに吹き飛び、全身に重度の火傷が広がり、両足を切り刻まれて、呆気なく地面に倒れていた。
……ほんっとう、好き勝手やってくれてさ。冒険者時代の経験がなかったらいくら治るといってもあまりの痛みに気を失っていたと思う。戦闘中であれば痛みを『意識の外に逸らす』ことができることが良いことかどうかはわからないけどね。
「ミルアさま!?」
「ははははははあ!! 僕を裏切るからそうなるのだ!! 己の愚かな行為を後悔するがいい!!」
ああもう、セリーナ様にいらぬ心配かけちゃっているじゃん。第一王子の馬鹿な言葉なんてどうでもいいけど、私が弱いのが悪いってだけの話でセリーナ様に余計な心労をかけるのは本意じゃない。
だから。
だから!!
「へっ」
ごんっ!! と。
拳を地面に叩きつけて、自然治癒力の底上げで治りつつある両足を無理矢理に動かす。血の塊が口から溢れるのも構わず、私は第一王子に叫びをぶつけてやる。
「キャンキャンはしゃぐのは勝手だけど、私は、まだ! 生きているわよ!?」
「……貴様」
「『処刑決定だ』とかなんとか言ってたのはなんだったのよ、はぁん!?」
「貴様」
「まあ、お前のような口だけのしょうもない男に私が殺せるわけないけどね!!」
「貴様ァッッッ!!!!」
直後、怒涛の勢いで極大の魔法が襲いかかってきた。
直撃すればほぼ確実に即死する、絶対的な力がよ。
ーーー☆ーーー
第一王子グルス=イミテーションフロンティアは飽きっぽい男だった。
そんな彼にとって貴族の令嬢とはすでに飽きたものでしかない。例外と言えば物心ついた頃には婚約が成立しており、不遜にも次期国王としての振る舞いを意識するべきだと指図してくるセリーナ=ティリアンヌ公爵令嬢くらいか。婚約者だからといって所詮は女。次期国王である彼を敬い、尊重するべき存在があろうことか対等に口を開く時点で不敬も不敬、万死に値するのだ。ゆえにセリーナだけはこれまでも気に食わないからと秘密裏に消してきた連中と同じくいつか必ず殺すと心に決めていた。公爵令嬢を殺すともなるとそう簡単には隠蔽できないのでそれなりの『理由』が必要であり、今までの連中と同じようにはいかなかったが、『誘拐』という『理由』があれば十分すぎる。
第一王子は貴族の令嬢に飽きていた。
婚約者には愛情とは真逆の感情を抱いていた。
だから貴族という『型』にハマった者たちに囲まれた第一王子にとって平民であるミルアは新鮮であり、渇望をたぎらせるのは当然だった。……これは愛なのだと、確信するほどに。
だが、それは本当に愛情だったのか。
明確に拒絶された。あれは王族に対する言葉遣いではなかった。何より憎きセリーナの味方をした。それで興味をなくして殺してやるとなる程度の想いが愛情であるわけがない。
つまりは飽きっぽいだけ。
強烈なまでの執着も、ほんの些細なきっかけで霧散しただけの話だ。
所詮は遊び。
ゆえにミルアが相手だからと特別扱いしてもらえるわけではない。
ゴッッッバァッッッ!!!! と魔法が嵐のように戦場を席巻する。そのどれもがセリーナによって迎撃されたが、それでもなお余波がミルアを削り取っていく。
ミルアも一般的な観点で言えば天才に分類されるかもしれないが、相手が悪いとしか言いようがない。余波であっても自然治癒力の底上げを上回る勢いで身体を抉り、砕き、裂き、壊していく。
そしてもう一つ。
ただでさえセリーナは第一王子よりも弱いのだ。戦術の組み立て方によっては逆転される程度の差ではあるが、それでも単純な力で言えば時間停止魔法を抜きにしても第一王子が強いと断言できる。
そこにミルアという足手まといを庇うようなことをすれば? 誤差が広がるように劣勢になっていくのは当然だ。
(哀れなり)
その誤差は致命的にまで広がっていく。
やがて39種もの拘束系統の魔法がセリーナに直撃し、数秒は魔法の発動さえも封じるほどに。
……数秒であればミルアが身を呈すれば稼げるかもしれず、そうなればセリーナを確実に殺すことはできないかもしれない。セリーナクラスの魔法使いとの戦闘が長引けば予期せぬ逆転を許す可能性もある以上、今ここで確実に殺す必要がある。
確実な勝利を得るにはどうすればいいか。
そんなの簡単だ。
第一王子にはどんな相手も凌駕する時間停止魔法があるのだから。
(この世界は端から端まで全て僕の支配下である以上、僕の勝利は揺るがない!!)
時間停止魔法を発動するには僅かな『隙』を晒すがためにセリーナ相手ではそう容易く使えない必殺。だがセリーナの動きを封じた今ならば遠慮なく使うことができる。
ミルア? 彼女の拳はまともに受けても即座に立ち上がることができる程度のダメージしか与えられない。セリーナの魔法であればまともに受ければ第一王子といえども致命的となるかもしれないが、ミルアであれば何の問題もない。
「そんな女を庇い立てしたこと、それが死を招くと知るがいい!!」
全てを暴力が押し流す。
気に食わない者は殺す。これまでもこれからも第一王子はこの世全ての人間を圧倒する絶対的な才能を好きに振る舞って己の衝動のままに生きるのだから。
だから。
しかし。
勢いよく、真っ向からミルアが飛び込んでくる。
性懲りもなく拳を握りしめて。
それが第一王子には通用しないことはわかっているだろうに。
「哀れなり」
「哀れなのはお前のほうよ」
時間停止魔法発動までの僅かな『隙』を突く。
今ならば惑星全土の時間が止まる前に第一王子を殴ることができる。
それでも、ミルアはミルアであり、セリーナではない。所詮は平民でしかない少女では王族の堂々たる一角たる第一王子グルス=イミテーションフロンティアには決して勝てないのだ。
だから。
だから。
だから。
その瞬間、ミルアの拳に凄まじい『力』が集まった。
それこそセリーナの魔法そのものとしか思えない『力』が。
「な、ん……ッ!?」
セリーナの魔法? だが今の彼女はミルアを援護できる状態ではない。そうなるよう戦況を組み立て、なおかつ確実に勝利するために時間停止魔法を発動しようとしているのだ。
だけど、だ。
『今の』セリーナは魔法を発動することはできないとしても。
「これで」
例えば、ミルアが監禁されていた別荘を覆っていた防衛魔法。それは指定された者以外が侵入した時にのみ発動するなどの『条件』が組み込まれた高度な魔法だった。
魔法には発動条件を付け加えることができる。
もちろん条件を加えれば加えただけ術式も高度になるが、セリーナであれば魔法にはいくつかの条件を組み込むことができることはすでに証明されている。
つまりミルアの拳には事前にセリーナの魔法が封入されていた。特定条件時にその魔法を解放できるよう術式に条件を組み込んで、だ。
ミルアでは第一王子は倒せない。
だがセリーナの魔法であれば『隙』だらけな第一王子を倒すこともできる!!
「終わりよッッッ!!!!」
拳が第一王子の顔面に突き刺さる。
時間停止魔法さえ発動することができれば必ず勝てるという前提条件を逆手に取るように。




