第十五話 作戦、あるいは暴挙
セリーナ様を助ける。
その想いは決して嘘じゃない。
例えセリーナ様が私を『騙して』いようとも、そんなものは胸の奥に燃える想いに比べたら些細なことだからよ。
だから。
だけど。
ゴッッッドォォォンッッッ!!!! と無数の魔法が激突する轟音が混ざり合った、まさしく爆撃でも受けたような音の波が炸裂した。
その轟音は身体強化魔法で全身を覆っていても、なお腹の底に響くほどだった。魔法、その激突。言葉にすればそんなものだけど、実情は私の理解の範疇を越えたものだったのよ。
民家を丸呑みできるほどの炎の大蛇が水の大剣に両断され、お返しとばかりに放たれた風の長槍が土の巨人に握り潰される。重力を圧縮して全てを呑み込む黒き渦を物理現象の働きを激減させる純白の閃光が消し去り、速度という概念を『記号』として増幅させて光速に至った一撃を肉体の硬度を極限まで増幅して受け止める。
そんな馬鹿げた魔法が瞬きする間に交差する。
一つ一つが私なんかじゃ生き残るのもギリギリの、まさしく必殺の魔法だった。それが互いに牽制し合うように気軽に放たれていく理不尽なまでの力の差。
何が王国に目をつけられたほどの才能よ。
私はこうして見ていることしかできないちっぽけな存在じゃない!
口先だけが立派な私には見ていることしかできなかった。そう、セリーナ様が輝くような笑顔で自慢していた色とりどりな花が吹き飛んでいくのも見ていることしかできなかったのよ。
そんなことを気にしている場合じゃないのかもしれない。生き死にが懸かっている状況で花なんていくら巻き込んだって気にするものではないのかもしれない。
だけど、それはセリーナ様の手で育てたものなのよ。
お前ごときが踏み躙っていいものじゃないのよ!!
「ふ、ざけ……ッ!!」
「ミルアさま」
静かに。
思わず飛び出そうとした私をセリーナ様が手で制する。
たったそれだけの動作であっても高度な術式を高速で展開している中であっては集中を削ぐ行為であっただろうに。
「玉砕覚悟の特攻はやめるべきかと」
「だけど、あの野郎!! セリーナ様が丹精込めて育てた花を吹っ飛ばしているのよ!? こんなの放っておけるわけないじゃない!!」
「っ」
僅かに目を見開き、そしてセリーナ様はなぜかじんわりと笑みを浮かべた。それこそ心の底から嬉しそうに。
「ミルアさまはお優しいですね」
「なんっ、はぁ!? べっ別に、そんな、優しいとかそんなわけないんだけど!?」
「ですけど、気にしないでいいですよ。思うところがないわけではありませんけれど、ミルアさまの命には代えられませんもの」
こうして話している間にも極大の魔法の数々はぶつかり合っていた。一応は拮抗しているようにも見えるけど、第一王子には時間停止という最強の手札がある。
っていうか、未だに使ってこないのが不思議なほどよね。
だって時間停止よ? 一分間限定って話だけど、それにしたって規格外にも程がある。
それをさっさと使わない理由は?
いいや、使えない、とか???
「セリーナ様っ。時間停止って気軽にできないものなの!?」
「ええ。いかに殿下といえども時間停止魔法を発動するにはいくらかの『隙』が生まれます。魔力消費も激しいので連発も厳しいでしょう。そこを逆手に取れば一発で勝負を決めることができると殿下もわかっているのでそう簡単に時間停止魔法を使えないのです。……軽く惑星全土を巻き込む時間停止魔法が成功した時点でわたくしたちの敗北は確定するのですけどね」
「わ、惑星全土って……。いや、怯えている場合じゃないって! もう一つ質問だけど、時間停止魔法抜きで第一王子とやり合ったらどうなると思う!?」
「……わたくしが勝つとは断言できませんけれど、絶対に負けるとも限りません。わたくしのほうが多少不利ではありますけどね」
「なーる」
そこで私は思わず笑っていた。
万が一にも第一王子にバレないよう何重にも魔法による対策を講じてセリーナ様へと『作戦』を伝える。
「な……っ!? それは……っ!!」
「はいはい『作戦』開始だよっ!!」
「まっ、ミルアさま!?」
直後、私はあえてセリーナ様のことを無視して勢いよく前に飛び出した。
一撃でも直撃すれば死ぬ可能性が絶大な魔法飛び交う戦場によ。
ーーー☆ーーー
国王にとってそれはあくまで『遊び』だった。
妾として囲んでいようとも、優れた血を持つ王妃以外に王の血を継ぐ子を産ませるつもりはなかった。それが幾多とも失敗の果てにいつものように腹の中で殺すことができずにある妾が彼を産んでしまうこととなった。
それが第二王子グラン=イミテーションフロンティアである。
後に王妃より生まれた第一王女よりも王位継承権は下ではあるが、それでも彼だってれっきとした王族の一角だ。今は王城に立ち入ることもなく、悪目立ちして国王の不評を買い暗殺されることを阻止するために市政に紛れて生活しているが、それでもだ。
その『少年』には魔法の才能はなかった。ゆえに個人で力に訴えて事をなすようなことはできなかった。
その『少年』には謀略の才能はなかった。ゆえに王族の一角であるという特大な手札を有効に使って立ち回ることはできなかった。
その『少年』にはあらゆる面において才能には恵まれなかった。妾でありながら国王を愛してしまったがゆえに彼との子供を欲した母親だけが彼の全てだった。
その母親もとうに死んでいる。
その死に目にすら国王は顔を見せなかった。
復讐、なのだろう。
それ以上に今にも死ぬその寸前までせめて一目でも逢いたいと望むほどに国王のことを愛していた母親のために何かがしたいのだ。
母親は常に言っていたものだ。グランは確かにあの人の子供なのだと。あなたにだって王位を継承する資格はあるのだと。
だから『少年』は何をしてでも玉座を手に入れる。
もって自分が国王の子なのだということを証明する。
それが、そんなことでしか、『少年』が母親に報いることはできないのだから。
「『巫女』」
「はい」
「第一の王子も王女もぶち殺すだけでは足りねえ。どうあっても俺が玉座に座るしかないよう、こんな国一度滅ぼしてやるぞ」
「全ては『私の神』の望むがままに」




