第十一話 破滅的な予定調和が回避不可能だとしても
第一王子との出会いは偶然だった。
まあ同じ学園に通うんだから顔を合わせるのも無理はないんだけど、もしも過去に戻れるなら何がなんでもあんな奴に会わないようにしていたと思う。
一目惚れとか言っていたっけか。お陰でただでさえ貴族の比率が高い学園で肩身の狭い平民が第一王子を誑かす売女だなんだと蔑まれることになっちゃったしさ!
『ミルアは今日もかわいいな。流石は僕に真実の愛を教えてくれただけはある!』
ところ構わずに、私が第一王子のせいで肩身の狭い思いをしていることさえも考えない身勝手さ。そのことに嫌悪感さえ抱いていたけど、相手は仮にも王族。平民ごときが明確に拒絶すれば待っているのは最悪の末路だけよ。
……だから、かもしれない。
セリーナ様による未来予知。順応に進んでいたら私が監禁されるような原因の存在しない未来においてセリーナ様は第一王子から婚約破棄を突きつけられた。その後、よりにもよって私を新たな婚約者に選んだ。
それを、私は受け入れた。
監禁。こうしてセリーナ様と触れ合う機会のなかった『未来』において私は王族に逆らって破滅するだけの覚悟はなかったから。
今はどうだろう?
本人の素養はどうであれ、順当にいけば次期国王たる第一王子の力に逆らってでも破滅に呑み込まれるセリーナ様に手を差し伸べられるのかな?
結局はセリーナ様も何かしらの嘘をついている。
私は『騙されて』いるのよ。
セリーナ様が最後まで裏切らないでくれるかはわからない。
それで、だから。
私はいずれやってくる裏切りをわかっていて、それでもと繋げるだけの愚かな選択ができるの?
ーーー☆ーーー
その轟音は私の耳にも届いた。
「セリーナ様、今のはまさか!?」
「ミルアさまの予想通り、わたくしの防衛魔法が破られました」
屋敷を覆っていた防衛術式の高度さは主要な要塞を守るようなレベルに達していた。それを破れるだけの力の持ち主となるとそう多くはない。
個人で軍勢に匹敵する力を持つ存在となれば私でも知っている有名どころだと単騎でのドラゴン殺しの伝説を持つ唯一の最上位ランクの冒険者にしてお金のためなら何でもやる『腐乱繚乱』、人々の背中を押して凶悪事件を引き起こさせるだけでなく自身も戦争レベルでの大量殺人などに手を出している『悪意百般』、絵本の中の騎士のごとく多くの事件を解決に導いた王族直属部隊最強の女騎士リュリエル、全ての騎士を統括して王国の軍部の頂点に立つ大将軍ゼオス=ゾーンバッハ、大将軍の右目を斬り裂いたこともある盗賊王ドンファルト、魔法に愛されし社交界の華麗なる未亡人クイーン=ローズウィッチ公爵夫人、そして……、
「本当、良い意味でも悪い意味でも殿下らしいものです」
第一王子グルス=イミテーションフロンティア。
あいつってば王族のくせにベタベタ無遠慮に触ってきて鼻の下を伸ばすクソ野郎だけど、魔法の実力だけは突き抜けているのよね。
セリーナ様と同じか、もしかしたら凌駕しているかもしれない怪物。そんなあの男ならあれだけ高度な防衛魔法を力づくで粉砕しても不思議じゃない。
だけど、どうしてここがバレたの?
セリーナ様だってそれなりの対策をしていたと思うけど、王族の権力を使えば暴ける程度の対策だったとか? いいや、その程度の対策しか用意できないなら誘拐なんてするわけがない。
少なくともセリーナ様には第一王子が動いても監禁場所がバレない自信があったはず。だけど現実としてあのクソ野郎はここまでやってきた。防衛魔法をぶち破っている以上、たまたまの偶然で足を運んだわけもなく、私がここに監禁されていることくらいは暴いていると思う。
王国にはセリーナ様でも把握できなかった『裏の』力でもあった? それともセリーナ様でも把握していない『誰か』が第一王子に監禁場所を教えた、とか???
ダメだ、変な風に思考が飛んでいる、『誰か』って誰よ! 単に第一王子は私を探しにここまでやってきた、その方法は王国が保有する力によるもの。それが普通よね。
「セリーナ様、転移の魔法で逃げないと!!」
「もう遅いです。殿下には物質透視の魔法がありますからね。わたくしたちがここにいることは丸分かりでしょう。付け加えるならば、殿下には犯罪の証拠にもなりうる記憶を映像として出力する魔法もあるので下手な誤魔化しは通用しません」
「……凄いは凄いんだけど、無遠慮に触れてくるあの第一王子が使えるってなると不穏な用途で会得したとしか思えないんだけど」
「ちなみに透明化の魔法と一分間限定とはいえ時間停止の魔法も使えますね。……あまり感心できない使い方ばかりしているようですけれど」
「才能の無駄遣いにもほどがあるッッッ!!!!」
やりようによっては世界だって救えるかもしれない才能だってのに天の神様はなんだってあんなのに絶大な能力を授けたんだかっ。
「いや、待って! 今更第一王子がクソッタレだったのはわかっていたことだからいいのよっ。それより、それじゃあ、だから……これからどうすればいいの?」
「元より未来予知を覆すことは不可能に近かったのです。物心ついてからこれまでどれだけ足掻いても無理だったのですから」
「……ッ」
考えないわけではなかった。
私を監禁して第一王子と関わらせないことで破滅を回避する。それはいいけど、監禁の事実が判明したら? それこそ『たかが平民に嫌がらせしていた』本来の断罪理由よりも強力な理由を与えてやることになる。
他にもやりようはあったはず。それでもセリーナ様が監禁なんて手段を選んだのはなぜか? そんなの簡単よ。他の、現実的な手段は全て失敗に終わったからだったのよ。
いいや、正確には『私が第一王子と出会う前に秘密裏に殺す』とか何とか、人道さえ無視すればセリーナ様は破滅せずに済んだはずよ。わかっていて、それでもセリーナ様はそういった方法は選ばなかった。例えその結果、セリーナ様が破滅するとわかっていても。
「……そ、んなの」
理屈に合わない。
だったらセリーナ様が私を『騙している』理由は何なの? そんなものは存在しないなんてことはあり得ない。あの身体の強張りは絶対に何か隠しているからこそのものだから。
自身の破滅を回避するためではない。
もっと別の、私を『騙して』監禁する理由が他にあった?
「ミルアさま」
なんで、セリーナ様は笑っているの?
どうして笑うことができるの?
「この結末にミルアさまが胸を痛める必要はありません。この破滅はどうやっても回避できないものだったのですから」
セリーナ様の手が伸びる。
私の頬を撫でる。
「……わたくしの我儘に付き合わせて申し訳ありませんでした」
瞬間、私の視界はブレた。
転移の魔法を私にだけ使ったのだと気づいた時には私の目の前からセリーナ様の姿は消えていた。
ーーー☆ーーー
瞬きをした後には、もう転移は終わっていた。
私の眼前に広がっていたのは皮肉にもセリーナ様を受け入れてしまったあの小さな泉だった。
『ふっふっ。ここ、どうですか? 昔、偶然見つけたのですけど、本当に綺麗だと思いませんか!? いつかご友人を連れてきたいものだと思っていたのですよっ』
『…………、』
『あっ、今のは、その、申し訳ありませんっ。監禁などしておきながらご友人とは馴れ馴れしいものでしたよねっ。仲良くなりたいとは思っていて、ですけど監禁する側とされている側という関係でそういうのはあまり好ましいものではありませんでしたよねっ』
『別にいいよ』
今の私だったら、セリーナ様を受け入れられる?
現実から目を逸らすんじゃない。セリーナ様が私を『騙している』とわかっていても『別にいいよ』なんて言える?
いつか、絶対に、血の繋がりや親切ぶったにこやかな笑みの時と同じように裏切られるとわかっているのに。
『公爵令嬢と平民ってなると身分差が半端ないけど、それでもいいっていうなら私もセリーナ様と友達になりたいからさ』
『……っっっ!! それは、もう、是非に! 身分の差など気にする必要はありませんわ!! わたくしはミルアさまだからこそご友人になりたいと思ったのですから!!』
ああ。
本当私は、本当にさあ!!
「見捨てられるわけないじゃん!! だって、ちくしょう! こんなにも大好きなセリーナ様が破滅するってわかっていて放っておけるわけないんだからさあ!!!!」
気がつけば走り出していた。
第一王子にセリーナ様を断罪なんてさせない。そんな結末は絶対に認めない。
だって大好きだから。
それ以外に理由は必要ない。
だから、だけど。
セリーナ様はどうしてこんなところに私を転移させたんだろうと頭の片隅によぎる。
私を転移させたのは第一王子との交渉の場に私がいると不利になるから? それとも私をこれ以上巻き込まないため? まあ色々と考えられるけど、とにかくあの場に私がいないほうがいいと判断したからのはず。
だったらこんなのは半端すぎる。
セリーナ様だったらそれこそ数百キロ先に転移させることだってできたはずなのに、駆けつけようと思えば駆けつけられる距離に転移させるとか半端にもほどがある。
どうにも違和感のあった監禁は他に破滅を回避する手段を試していて、それでも駄目だったから苦肉の策で行ったことらしいけど、あくまでそれはセリーナ様の言葉でしかない。
「それでも、やっぱり」
嫌な考えばかりが頭をよぎる。
だから、だけど! だったら!!
「そんなのはセリーナ様を見捨てる理由になんてならない!!」
疑問があるならセリーナ様に聞けばいい。
違和感があるなら納得できるまで話し合えばいい。
セリーナ様から何も聞かずに憶測で嫌な予想ばっかりしたって不毛なだけよ。
私はセリーナ様を助けたい。
紛うことなき心からの想いをつまらない猜疑心で捨てる必要は絶対にないんだから!!




