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第一話 監禁生活、はじめました

 


 目が覚めると、煌びやかな世界が広がっていた。



「ん? へっ!? ここどこ!?」


 慌てて周囲を見渡すけど、いや本当ここどこ!?

 何やらふわふわでいい匂いのする大きなベッドからしてから高そうなんだけど、やけに高い天井にはギラギラ輝くシャンデリアがあって、壁には一目で凄そうな絵画が飾られていて、本棚には希少すぎて町だろうが買えるほどにお高い魔導書が大量に詰め込まれていて、金やら銀やら多種多様な宝石で彩られた装飾品が並べられていて、とにかく豪華絢爛ここに極まれりって感じなんだよ!!


 だけど、なんで私はこんなところにいるわけ?

 昨日は無理矢理転入させられた魔法学園でいつものように絡んでくるあの男の相手をした後に寮に帰ってぐっすりすやすや眠ったよね? それがどうしてこんな豪華絢爛な部屋で目覚めることになるのよ!?


 と、その時だった。

 扉が開かれ、誰かが入ってきたのよ。


「あ、目が覚めたようですね、ミルアさま」


「せっ、セリーナ様!?」


 入ってきたのは腰まで伸ばした金髪を四本の縦ロールに纏めた、漆黒のドレス姿のご令嬢だった。


 セリーナ=ティリアンヌ公爵令嬢。

 立ち振る舞いからして見惚れるほどに優雅だし、礼儀作法だけでなく学問や魔法の腕前さえも非の打ち所がない完璧さだし、困っている人には自然に手を差し伸べる慈愛さえも持ち合わせた、まさしく理想の淑女と名高いのも納得のお方なのよ。


 そんな彼女は当然のように王位継承権第一位たる第一王子の婚約者なんだけど、うっわあ。これってまさかついにセリーナ様の怒りを買っちゃった感じ?


 そう、私は第一王子に口説かれるように絡まれている。もちろん第一王子も本気で口説いているわけがないから学生時代のちょっとした遊びなんだろうけどね。何せ私は魔法の腕前が普通の人より優れているだけの平民なんだもの。『魔法の保護』を政策の一つと掲げて取り組んでいる国からの命令で高位貴族も通うような名門魔法学園に放り込まれたせいで王族、それも王位継承権第一位の男とも知り合うことになったけど、身分の差は歴然だしね。本当はた迷惑な遊びなんだから!!


 まあ、遊びとはいえ王族に口説かれるなんてのはいらぬ目立ち方をしてしまうんだけど。まさか王族を非難するわけにはいかないから私が第一王子に色目を使っている身の程知らずの淫売だの何だの罵倒されて、学園には居場所がなくなっちゃったしさ。


 ……『僕はお前に寂しい思いはさせない』とか何とか第一王子は言ってやがったけど、そもそもお前が不用意に近づいてこなかったら平穏無事に過ごせていたんだからね?


 王族相手にうざってえから近づいてくるなとも言えないから絡まれたら拒むこともできないし。こっちが向こうの誘いを断れないのをいいことに好きに連れ回してくれちゃってさ。


 私に魔法の才能があったからこんなことになったんだよね。本当最悪っ。どうせならもっと直接的に働かずに一生遊んで暮らせるような才能でもあればよかったのに。


 あー! 面倒ごとに巻き込まれずにぐーたら遊んで過ごしたいなあ!!


「ミルアさま」


「はっはい!?」


 そうだった、今はセリーナ=ティリアンヌ公爵令嬢が真正面に立ち塞がっていたんだったあ!?


 第一王子は私を口説いて遊んでいる。

 加えてセリーナ様は第一王子の婚約者。

 そして、寝ている間にどこかもわからない場所に連れ込まれた。


 さて、これらから導かれる答えは?

 そんなの悩むまでもない。セリーナ様の婚約者に色目を使っているということになっている私に報復してやるってことだよね。は、はは、あーっはっはっはあ!!



「うわあんごめんなさい許してくださあーい!!」


「なっ。どうして貴女が謝っているのですか!?」


「そんなの死にたくないからだよ嫌だよ秘密裏に処理されるとかそんな流れは勘弁だよう!! もう第一王子には近づかないっていうかそもそも引き剥がしてくれるならばっちこいっていうか、とにかく全てはセリーナ様の望むがままに従いますのでどうか命だけは勘弁してくださっ、やだやだ殺さないでえ!!」


「殺しませんから頭を上げてくださいなっ」



 …………。

 …………。

 …………へ? いま、なんて???


「ころしゃ、にゃい?」


「はい、殺しませんわ」


「本当に?」


「本当ですわよ。わたくし、そんな物騒な人間に見えますか?」


「セリーナ様がっていうか、貴族って一人や二人は平気で殺していそうじゃん」


「ひどい偏見ですわね。ま、そう思われているほどに今の貴族は誇りを失っているということでもあるのですけれど。……そういう意味では、『こんなこと』をしているわたくしも誇り高い貴族とは呼べないのですが」


 よっ、良かったあ!

 早いうちにどうにかしないとって思って第一王子に身分が違うので私たちがこんな風に話すのはやめにするべきだと言えば『誰かが嫉妬に狂って余計なことを言ったのか? 大丈夫、愛の前には全ては些細な問題だ』とかドヤ顔で言いやがるから今日までズルズルきちゃっていたんだよね。


 第一王子の婚約者は王族に次ぐとまで名高いティリアンヌ公爵家のご令嬢で、第一王子に絡まれている私が恨みを買っているのは当たり前で、それでも憧れにして憎悪は捨てられず、いつかどこかで必ず報復されると思っていたけど、本当よかったあ!! 首の皮一枚繋がったよう!!


「あれ? だったら何のために私はこんなところに連れてこられたんだろう???」


「っ」


 ふと湧いた疑問をそのまま口にすると、なぜかセリーナ様が身をこわばらせた。何かやましいところでも突かれたように。


 なに? やだやだ怖い怖いこれからどうなるの!?

 まさか遊び盛りな婚約者の欲望発散に付き合えとかそういう話!? 貴族って平民とは倫理観違いそうだし、婚約者が他の奴とアレソレしていたって平気なのかも!


 こんなことなら初恋くらい済ませておきたかったよう! みんなどうやって恋とか愛とか育んでいるわけ!?


「ミルアさま」


「はいはいなんだよう!!」


 ──この時の私は公爵令嬢相手に敬語を使うことも忘れているくらいパニクっていた。だからティリアンヌ公爵家のご令嬢ともあろう方が自分に対してミルア『さま』と大仰に呼んでいることにも意識が向いていなかった。


 だから、もちろん、向こうが罪悪感に震えていることにだって気づけるわけがなかったのよ。



「これよりミルアさまを監禁させていただきます!!」


「…………、へ?」



 これが人生初の監禁生活の始まりだった。

 監禁だって物騒なこと言われたのにちょっとワクワクしているのは内緒にしておかないとね。



 ーーー☆ーーー



 監禁生活1日目。

 私は部屋の中央にドーンっと置かれているやけに透明感のある重厚な白い石でできたテーブルに並んだ料理に目を奪われていた。


「わっ、わあっ! なにこれすごいっ。なんか、もう、とにかくすごいっ」


 語彙力がぶっ飛ぶくらいには豪華な朝食だった。

 朝食ということでスープやサラダ、魚を焼いて……いや普通に焼いたってこんなならないだろってくらいよくわからないメインディッシュにと朝だから『軽く』という冠がついているにしても今まで口にしたことがないほどに美味しいものだった。


 第一王子? 絡んでくるのは学園内だけだったけど、その時はべちゃくちゃ一方的に喋るか、無遠慮に触ってくるかであの男が楽しんでいただけだからこんな風に感動することは皆無だったわよ!!


 だけど、そう。

 興奮のままに朝食をかきこんでお腹も膨れれば少しは冷静になるというもの。


 だから、うん。まずは頭を下げよう。


「ごめんなさいセリーナ様あ!!」


「きゃっ。またですか!? どうして急に謝るのですか!?」


「だって、じゃなくて、だから? ですから? なぜなら??? とにかく、敬語っ。セリーナ様に私ってばめっちゃ生意気な口を叩いていたじゃんっ。って、ああっ、そうじゃないっ! 叩いていたじゃないですかっ!!」


「ああ。そんなことですか。公式な場でもなければ、無粋な人の目があるわけでもありません。ミルアさまの話しやすいように話してくれてよろしいですよ」


「本当に? 後で不敬だなんだって殺さない???」


「殺しませんから安心してくださいな」


「そっかあっ。セリーナ様って優しいねっ」


 私がそう言うと、なぜかセリーナ様は苦痛に悶えるように顔を歪めたのよ。


 視線を逸らして、搾り出すように、こう言った。


「わたくしはミルアさまを監禁するような女ですよ。優しいなどと、そのようなことは絶対にあり得ません」


「あー……。そういえば私監禁されていたんだっけ。なんだって私なんかを監禁しようと思ったわけ?」


 セリーナ様の婚約者である第一王子に口説かれている私を秘密裏に処理するとか何とかそんな話ではなさそうだけど、だったら私のようなちっとばっか魔法の才能があるだけの平民に公爵令嬢がちょっかい出す理由もなさそうだけど。


「ミルアさま」


「はいはい、何かなセリーナ様?」


「わたくしは未来予知ができると言って、信じてくれますか?」


 ……ん?

 なになに、そういう系???


「わたくしには幼少の頃より『乙女ゲーム』という単語に由来した未来を見通す力がありました。わたくし自身、制御ができているわけではないのでふとした時に見えるというだけですけれど。ちなみに未来とは確定した事象ではなく個々人の選択によって枝分かれするものであり、わたくしが見通す未来は最も可能性の高いもののようです。そのため個々人の行動によっては変えることもできるのですよ」


 うーむ。

 これは……。


「今回見通した未来においてわたくしは殿下に婚約破棄を告げられて破滅します。心清らかなミルアさまに嫉妬して嫌がらせを仕掛けた悪女だと罵られて、公爵家からは勘当され、国外追放を命じられて……そうして全てを失うのです。その際、わたくしがやってもいない嫌がらせをわたくしのせいにされているので、『何もしない』だけではあの破滅は回避できそうにありませんでした」


 そっか。

 うんうん、そうなんだあ。



「ですので、わたくしが破滅する要因となるミルアさまを監禁させていただいたのです。そもそもミルアさまが学園にいなければ嫌がらせも何もあったものではありませんからね。せめて破滅の未来が回避できたと確信できるまで、という期限付きではありますけれど、わたくしの身勝手で本当に申し訳ございません!」


「そういうことなら別にいいよ。私のせいでセリーナ様が全てを失うとか胸糞悪いしさ」



 私がそう答えると、なぜだかセリーナ様は信じられないと言いたげに目を見開いていた。


 震える唇が、動く。


「しんじて、くれるのですか?」


「もちろんっ。だってセリーナ様が嘘をついているようには見えないしねっ!!」


 私を騙すつもりだというなら未来予知とか荒唐無稽すぎるし、万が一嘘だとしても今は馬鹿正直に信じるべきだからさ。


「いえっ、ですけど! ミルアさまを監禁するというのは完全にわたくしの身勝手です!! 本当によろしいのですか!?」


「だから別にいいって。それでセリーナ様が救われるのならば安いものじゃん?」


 ぶっちゃけ未来予知云々が本当だとしたら不自然な点がありありと見て取れるからね。監禁なんて無茶苦茶な手段にでも出ないと破滅を回避できないと考えたセリーナ様の気持ちもわかるというものだよ。()()()()()()()()()()()()()


 未来予知の使い手であるセリーナ様なら未来を変える方法ってのにも私よりは詳しいだろうし、ここは素直に任せるべきだよね。


 ……未来予知云々が真っ赤な嘘の場合は、それはそれでそんなあからさまに不自然な嘘をついてまで私を監禁する『理由』が何なのかわかんない内からごちゃごちゃ喚いたって無駄に警戒されるだけだしね。どちらにしてもここは素直に信じて、向こうの信頼を勝ち取るなり油断させるなりの効果を狙うのが一番なんだよ! えっへん!!


「そう、ですか」


「うっ」


 なにその裏表のない、嬉しそうな表情は?

 あれだよね、これって奇跡の象徴である魔法でも不可能な未来予知とかいう荒唐無稽な能力を誰も信じてくれなかったけど、貴女だけは信じてくれて嬉しいとかそんな感じだよね!?


 う、うおう! もしも純粋に喜んでくれているなら罪悪感がじくじくと刺さるよう!! ぶっちゃけ嘘でも本当でも今は素直に信じている風に振る舞うのが一番ってだけで、それ以上深く考えてなくて、だから、その、ごめんなさいセリーナ様あっ!!


「そうですっ。ちなみにわたくしが見通した未来ではミルアさまは殿下と結ばれるのですけど、もしかして殿下のことを好きだったりしますか? でしたらわたくしのやっていることは愛する二人を引き裂く──」


「うっげえ!? なにその最悪の未来!? 何がなんでも覆さないとじゃん!!」


 やだやだ第一王子と結ばれるってことは次期王妃になるってことだよね? 好きでもない男と結婚ってだけでも嫌なのに、王妃とか絶対忙しいじゃんっ。やってられるかっつーの!!


 私は、余計な義務とか責任とか背負わずに! できるだけ働かずに!! ぐーたら遊んで暮らしたいんだからさ!!!!


「ふっ、ふっふっ。そうですか」


「わっ……」


「? どうかしましたか?」


「あっ、いや、今のは、その」


 思わずだったのよ。

 知らず知らずのうちに見惚れてしまったのは、だって、


「セリーナ様の笑った顔、すっごい綺麗だなって思ったから」


「なっななっ、何をおっしゃるのですか、ミルアさま!?」


「何をって、仕方ないじゃんそう思ったんだからさ!」


 うぐう。

 慌てて顔を真っ赤にしているのも可愛いなとか、何考えてるんだか!



 ーーー☆ーーー



「ミルアが行方不明だと!? ミルアは僕に真実の愛を教えてくれた女性なのだ!! 何がなんでも見つけ出せ!!」


「ははっ!」


 ミルア失踪の報告を受けた第一王子グルス=イミテーションフロンティアは『自身のために』部下に捜索を命じた。



「ミルアが行方不明だと? 『候補』である以上、失うわけにはいかん。どんな手段を用いてもよいから必ず確保せよ!!」


「了解」


 ミルア失踪の報告を受けた国王ガルバルズ=イミテーションフロンティアは『国のために』第零騎士団に捜索を命じた。



「例の少女が行方不明、であるか。これで予定調和をひっくり返せればいいのであるがな」


 ミルア失踪の報告を受けた『彼』は『運命を覆すために』動き出した。



「全ては望む未来を手に入れるために、ですね」


「……ああ」


 ミルア失踪を感知した『巫女』の言葉に『少年』は小さく口の端を笑みの形に歪めていた。



 そうして物語は動き出す。

 セリーナ=ティリアンヌ公爵令嬢の破滅を回避するためだけでは済まない、極大の唸りを伴って。

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[良い点] 1/1 ・よーしヤバそうな状況。コメディかつ危険な均衡。いいぞいいぞ [気になる点] 細かいことは気にしない。やっちまえ! [一言] ヒャッハー
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