ネーミングセンスが無さすぎて色々頭に入ってこない群像劇(短編小説)
【田中】
「はぁ。暑いなあ......」
喫茶店から出てきた男は思わずそう呟き、日差しのまぶしさに目を細めた。クーラーの効いた店内との気温の落差に、思わず気が滅入る。
彼の名前は山田殺戮。大魔神製薬に勤めるサラリーマンだ。
「だなぁ。9月って言ってもまだまだ夏だよ」
同じく喫茶店から出てきた、殺戮の同僚である腸鍋喰人が隣で相槌をうつ。殺戮は「ああ」と小さく返事をした。
「ところで喰人、あのウワサは聞いたか? 部長の薬流人さんがうちの薬品の横流しをしたって話だ」
それを聞いて、腸鍋は眉をひそめる。
「聞いたよ。でも、薬流人部長が薬の横流しなんて、するとは思えないけどな。悪質な噂だよ」
腸鍋はかつて薬流人の下で働いていたことがある。その頃の信頼があるのだろう。殺戮は腸鍋の口調から不機嫌さを感じ、すぐに話を打ち切った。
「だな。そんなウワサ気にしてる俺が馬鹿だった」
そうして殺戮の口をついて出てきたのは、最近ちまたを賑わせるある事件の話だった。
「そういや、最近話題の連続人食殺人事件って、なにか進展はあったのか?」
殺戮がそういうと、腸鍋の様子が劇的に変化した。
「し、知らないなぁあぁあ!」
唇を真っ青にして答える腸鍋。
「おい、喰人。震えてるぞ。大丈夫か?」
「だだだだだだだいじじじじじじよよよよぶぶぶ」
呂律が回らず、マナーモードの携帯がバイブし続けているみたいに震える腸鍋を、殺戮は不思議そうな目で一瞥した。
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【馬路】
薄暗い路地の奥。ネズミや害虫だけが蠢く都会の片隅に、押し黙った男二人が並んで立っている。
一人は頑丈そうなアタッシュケースを持った体格の良い男。そしてもう一人は、そんな男とは対照的な中肉中背とすら言えぬ小柄な男。
そして小柄な男の手にも同じく、アタッシュケースが握られていた。
「時間だ。交換する」
大柄な男、馬路栗鼠喰がいう。小柄な男は無言で首を縦に振った。いよいよ取引が始まろうという瞬間がやってきた。しかし。
「ワタシのシマでなにをしているのですカ?」
突如割り込んできた第三者の声に、取引中の二人は身を固くする。
声のする方を向くと、そこには全く見覚えのない細身の男が立っていた。金色の髪の、三十代くらいの男。外国人だろう。
「失礼。私はこの一帯を仕切る暴力団『春風のフルーツタルト』若頭のボラギノールと申します」
それを聞き、栗鼠喰は思わず拳を強く握った。
『犯罪組織・春風のフルーツタルト』
薬の売買や売春、ポケカやPS5の転売など犯罪行為を行う非合法組織だ。
警戒し身を固くする二人に、ボラギノールは柔和な表情を向ける。
「おっと。そんなに緊張しないで下さい。別にあなたたちの事をどうこうしようとは思っていませン」
「......じゃあ、なんの用だ」
栗鼠喰はボラギノールに対し強くそう言う。ナメられたら終わり、そう悟っているのだ。しかしその言葉を聞き、ボラギノールの態度が豹変した。
「口の利き方に気を付けてクダサイ! 悪いが死んでもらいまス!」
ボラギノールはそう言い、着ていたメイド服の裾から挙銃を取り出す!
バン。
瞬間、けたたましい銃声とともに、ボラギノールがゆっくりと地面に倒れた。
見ると、ボラギノールの眉間には大きな風穴が開いている。
そして栗鼠喰の手には、煙を吐き出す拳銃が握られていた。倒れたボラギノールに、栗鼠喰は侮蔑の眼差しを向けた。そして取引相手の男に向き直る。
「おまえも裏切ったらこうなるからな」
栗鼠喰が銃口を突きつける。銃口を向けられた男は目を見張った。
「そうだ、お前にこのアタッシュケースの中身を見せてやる」
栗鼠喰が良いことを思いついたという顔でそう言い、ケースの鍵を開ける。中には、一本の瓶が入っていた。
男の視線は、その3メートルほどの大きさの瓶へと向けられる。そのラベルに書かれた文字に釘付けとなっている。
そこには『違法薬物ヤバ杉内』という文字が、はっきりと、創英角ポップ体で書かれていたのだ。
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【虎舞竜】
同時刻。高級料亭・暗飴庵でもまた闇取引が行われていた。
全身黒ずくめの男が差し出すアタッシュケースを、30代くらいの、メガネの男が受け取る。
そしてメガネの男が受け取ったアタッシュケースを、坂田時代の疾風はほくそえみながら開いた。
「この薬さえあれば、私の次期総裁となる野望が果たせる」
黒ずくめの男から受け取った薬を片手に、時代の疾風は言う。取引相手は既に消えていた。
「......失礼。時代の疾風議員のお耳に入れておきたいことが」
『メガネの男』こと時代の疾風の秘書である虎舞竜王越が、時代の疾風の耳元でなにかを囁く。
それを聞いた途端に、時代の疾風の顔はみるみると赤くなった。
「なんだと。ふざけているのか」
時代の疾風は怒りのまま虎舞竜を殴りつける。
「ぐっ」
虎舞竜は大きく吹き飛び、5メートル先の壁にぶつかり、そのままみすぼらしく床にはいつくばった。
「気分が悪い。帰る」
時代の疾風は酒を一気に飲み干し、個室から出て行った。
「......」
しばらく轢かれたカエルのように地べたをはいつくばっていた虎舞竜だったが、おもむろに立ち上がり、服についた汚れをはらう。
「さよなら、時代の疾風さん」
そうつぶやき、虎舞竜はほくそ笑んだ。手には、空になった小瓶が握られている。
そのラベルには、はっきりとしたMSゴシック体で『違法薬物ヤバ杉内』と書かれていた。
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【颯爽】
「......というのが、この漢字の成り立ちの仕組みです」
言って、男は黒板に文字を書き足す。小学校で教師をしている颯爽隼人はいつも通り授業をしていた。
今は低学年の児童に、漢字について説明をしている。
「はい」
すると、そんな声と共に、後ろの方で手が上がった。
手を挙げている少女は……絵羽だ。 親がエヴァンゲリオンのファンなのでそう名付けられたらしい。
「はい」
よく見るともう一人、手が上がっていた。 もう一人は絵羽の弟、下利音だ。親がエヴァのファンなので、そう名付けられた。隼人は二人を指名しようとする。しかしその瞬間。
バーン。
耳をつんざくほどの爆裂音に、隼人は思わずまゆをひそめた。児童も動揺している。ざわざわと近くの席の子たちとの会話が始まった。
「少し様子を見てくるから、各自12ページのドリルを解いてて。絶対に外に出ちゃだめだから」
隼人はそういい、教室を後にした。すると教室を出てすぐに白衣姿の男と鉢合わせた。
彼は理科の教師。名前は墓村爆魔という。
「へへへ、先生。どうやらトイレに爆弾が仕掛けてあったらしいですよ。へへへ。一体だれが犯人なんですかねえ」
墓村がニヤリと笑いながらいう。
「爆魔先生は犯人に心当たりありませんか? トイレが設置場所なら、内部犯かもしれません」
隼人が言うと、墓村は唇を真っ青にして震えだした。
「なんだと! 俺を疑っているのか! 俺にはアリバイがある!」
墓村は血にまみれた白衣を揺らして叫ぶ。
そうして体をがくがくと震わせ、目を血走らせながら、墓村はムーンウォークで向こうのほうへ駆けていった。
そうして立ち去った墓村だったが、隼人は墓村がポケットから何かを落とすのを見た。
それは地面を転がり、隼人の足元まで転がってくる。筒状の透明なビンに液体が入っていた。隼人はそのビンのラベルに目を向けた。
「なんだこれ?」
そこにははっきりとした創英角ポップ体で『違法薬物・ヤバ杉内』と書かれていた。
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【土場】
とあるパチンコ店の休憩所。そこに備え付けられたテレビでは、坂田時代の疾風議員の死亡が報じられていた。
ソファに腰掛ける何人かは、漫画を読みつつそんなニュースを聞き流している。
もちろんそんな世間の喧騒など、土場脳汁にとって全く気にするに値しないものだ。
脳汁は休憩所にはおらず、目下液晶で踊る赤と金のエフェクトに全神経を注ぎ込んでいるところだった。
パチンコにおいて赤や金色は大当たりの可能性が高い色。そしてリーチの数字も3図柄という当たりやすい数字だった。
脳汁は今、大きな期待を込めて画面を凝視している。そんな脳汁だが。
「脳汁さーん。こんにちはー」
後ろから聞こえる自分を呼ぶ声に、一瞬にして背筋が凍った。
気づくと、脳汁の左右には黒ずくめの大男が二人立っていた。彼らは借金取り。
それぞれ山田疑似二、そして桜井疑似三という。
「借金も返さずパチンコなんて、いい御身分ですね」
「ちょっと外で話そうや」
そういう二人に、脳汁は両腕をがっちりと掴まれる。
ロズウェル事件の宇宙人みたいな状態となった脳汁は、パチンコ台から聞こえる絶唱を置き去りに、絶叫を上げながら店舗の外へと引きずり出された。
残念ながらここはパチンコ屋。脳汁が絞り出した助けを求める声は、他のパチンコ台が出す騒音に完全にかき消される。
なので、この騒動に気づく者は誰一人いないのだ。
◆
人通りのない店舗裏に引きずり出された脳汁は、マジで凹凹にされていた。
擬似二に羽交い絞めにされ、疑似三に顔面を連打される。今度は疑似三に羽交い絞めにされ、疑似二から一撃を喰らう。脳汁の顔面は、赤保留のように真っ赤になっていた。
「借金払わず遊んでるお前が悪いんだからな」
そんな声とともに、脳汁は地面へと吹き飛ばされた。そのまま二人に髪の毛を鷲掴まれる。
「反省してんのか。おい」
擬似二が言う。
しかし、脳汁はというと、何故か擬似二や疑似三のほうを見ていなかった。その背後に、視線を送っているのだ。すると。
「すみません! そこの人、警察呼んで!」
脳汁が全力で叫んだ。人通りのない店舗裏だが、借金取りにとって運の悪いことに誰か人が通ったらしい。
借金取りの二人は急ぎ暴行をやめ、柔和な顔を作り背後を振り向いた。
しかしそこには。誰もいなかった。
脳汁はそっぽを向いた疑似二を思いきり全カで蹴り飛ばした。
吹き飛んだ疑似二は無防備な体勢の疑似三にぶち当たる。
二人はまるでボウリングのピンのように地面に転がり伏せた。脳汁は倒れた擬似二のみぞおち付近に、強烈な蹴りを繰り出す。
「ぐえ!」
擬似二が数メートル吹き飛ぶ。そのままビクビクと、大当たりした時のパチンコ台くらい大きく震え、痙攣を起こし白目をむく。顔面は紫保留のように紫色になっていた。
この機を逃さず、脳汁は全速力でその場から走り去った。
◆
しばらく路地裏や繁華街を駆けずり回り、追手がもう迫っていないのを確認した脳汁は、荒い息で地面に尻餅をついた。
「へへ、ざまあみろ」
悪態をつき、脳汁は手に握られたあるものに目を向ける。
「ふん。あいつらからかすめ取ってやったぜ」
そう、脳汁は凹凹にされている隙に、疑似三のポケットに入っていた何かをかすめ取っていた。
落ち着いた今、それをまじまじと見つめる。
「......なんだこれ?」
それは、液体の入った瓶だった。金目の物を期待していただけに、がっかりといった気持ちが大きい。
しかし捨てる訳にもいかず、脳汁は『違法薬物ヤバ杉内』と書かれた薬物をポケットにしまった。
違法と書いてあるので、これは明らかに合法ではない薬物に違いない。脳汁は思った。
しかし、脳汁にはその薬物について深く考えを巡らせるだけの脳内キャパシティーは残されていなかった。
今はただ、全身の痛みと自分の台が大当たりだったのかが気がかりだった。もし大当たりならば、今戻れば大当たりのリセットはされずに残っているのではないか。
そんな考えが頭をよぎった脳汁だったが、流石にそれを留めるだけの理性は残っていた。脳汁は痛む体にムチ打ち、自宅へとトボトボと歩を進めた。
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それぞれ全く接点のない男たちの手に渡った『違法薬物・ヤバ杉内』
それらが日本全土を巻き込む大事件の引き金になろうとは、彼らはまだ、思いもしていなかったが、それが語られることは、ない。
『完』




