八 素朴なティーラ
レオにメイドとしてここで雇ってもらえることになった。彼の仕事は森の管理人とギルドで薬草の採取する冒険者と獣人を治める長。
「この国には多くの俺の仲間が人と同じ様に働いているんだ」
人と同じ? 私には一つだけ彼に聞きたいことがあった。それを聞いてしまうと彼を傷つけてしまうかもしれない。でも、確かめずにはいれなかった。
「あの、レオさん」
「なんだい、ティーさん」
「あなたは私に自分のことを怖くないと聞きますが……それはこの国の中で他の人はレオさん達ーー獣人を怖がる人もいると言う意味ですか?」
もし、そうだとしたら……悲しい。私の表情を気持ちに気がついたのか、レオの琥珀色の瞳がこを描く。
「ああ、そのことか……そうだね。ティーさんに一つ話をしようかな。俺が子供の頃……二十年前までこの辺りには獣人の集落があった」
「獣人の集落ですか?」
「元々あの森は僕達の森だった。昔はもっといまよりも大きく実り豊かな森だったんだ。そしてその周りには、この国や他の人間の国が幾つかあった」
幾つもの人の国?
昔は一つの国ではなかったんだ。
「俺達は人とは関わりを持たず、ここで土地の神や森の精霊達のお陰だと感謝をして、昔と変わらぬ生活をしていた」
「土地の神? 精霊?」
聞いたことがない言葉ばかり。
「ああ、この土地の神様に植物や物には全て精霊がいると、俺達は聞かされて育ったんだ。それが他の人の国では俺達の集落が良く見えたのだろうね。その土地を奪うべく人達は国同士で手を組み戦争を起こした」
戦争⁉︎ 私の住んでいた小さな村では戦争の話は出てこない。でも、通り過ぎた国の中では昔にそういった歴史があったのかもしれない。
「俺達種族は人よりも力を持つが……人とは戦わない決まり。敵に周りを囲まれもうダメだと、諦めかけた時に救世主が現れた。その方はこの国の前国王様だった……"昔傷付き倒れた私を助けてもらった恩を返しにきた!"と彼は前戦に立ち、他の国を全て押さえてしまったんだ」
と、子供の様に目を輝かせて話してくれた。
「……凄い方だったのですね」
「余計なことまで話したね、俺は子供ながらその時起こったことが忘れない。だから、この国から出て行かず力になりたいと残ったんだ……他の国からの訪問者や旅人達を俺達は驚かせてしまうんだけどね」
笑って話すレオを見て、この国で今幸せに暮らしているんだ……『よかった』と小さく呟き胸を撫で下ろした。
「珍しく、他の国から来た君が俺を怖がらないのには正直驚いたけどね……あ、そうだティーさんに見せないといけないかな? 少し待ってて」
レオはそう言い残して席を立つと、キッチンから出て行った。……私に見せたいもの? 何を見せてくれるのかとワクワクして待っていた。
「お待たせ」
と言って、入ってきた人はシャツにズボンとレオと同じ服装のとても長身でカッコの良い人だった。
「誰?」
「誰って……俺だよ」
金髪の長めの髪に琥珀色の瞳の彼が近付く。
レオはどこ⁉︎
「あ、あなたはもしかして……レ、レオさんのお友達の方ですか? 初めましてここで働くことになったティーラです……よろしくお願いします」
失礼のないように立ち上がり頭を下げた……しかし、返ってきたのは彼の大きな笑い声だった。
♢
彼女は俺達、獣人がこの国で怖がられていないかを心配してくれた。驚きで彼女を見れば眉が心配、と言っているようにハチの字に垂れ下がっていた。
そんな彼女を見て、可愛くて、抱きしめたくなった。ダメだ……この本能に身を任せれば彼女を傷付けてしまう。俺は力の強い獣で彼女はか弱い女性。
彼女に大丈夫だと伝えようと話し始めて、かなり前の話までしてしまった。この国にいれば安全だと言っても、当時、子供だった俺達の心に根強く残る【人は怖い】と、仲間の誰もがいまだに口にする。
俺達は力はある前に臆病なんだ。
話が終わると彼女はホッと胸を撫で下ろして、小さく『よかった』と呟いた。彼女の言葉に俺の心は歓喜に沸く。彼女なら見せてもいいともう一つの人型の俺を見せることにした。
まあ外に出る時にはこの姿が原則とされてるから、彼女はメイドとしてここに住むのだから、すぐに見せることになるけど……今見て欲しくなった。
ティーラに待ってて、と自室に戻り人型になって着替えてキッチンに入る。彼女は俺のを見るなり瞳を大きくした。
これは驚かせてしまったか……
「誰?」
「誰って……俺だよ」
そう言い近付くと彼女は立ち上がり、俺に深々と頭を下げた。
「あ、あなたは……もしかしてレ、レオさんのお友達の方ですか? 初めまして、ここで働くことになったティーラです、よろしくお願いします」
彼女は俺に初めましてと言った。これは気がはやりすぎた。そして俺の説明不足だった……けど、彼女は俺を探しているのかキョロキョロしているし。
仕切りに『レオさん』と俺の名前を小さく呼ぶ。
その姿が可愛いと笑ってはダメだと思ったが、声に出して笑ってしまった。それを見てキョトンとする彼女。ああ、なんて君は素朴で可愛らしいんだ。