四 金色のモフモフ
「ティーラ、世界には多くの人種がいて、穏やかな人がたくさんいるんだよ」
異なる国に行商行って両親はどのような人と関わったか、お父さんとお母さんは話してくれた。私はその話を聞くのが好きで、両親が帰ってくるのを楽しみに待っていた。
――お父さんとお母さんに会いたい。
「僕のティーラ、負けるな」
「私の愛しい子、ティーラ幸せになって」
「幸せ? …私の幸せはもうこぼれ落ちちゃった……それなのにどうやって幸せになるの?」
「こぼれ落ちたなら……また貯めればいい。貯めて、貯めて幸せになりなさい。私達はお前の幸せだけを願ってる」
「諦めないで……私達の愛しきティーラ」
お父さん、お母さん待って、いや、置いて行かないで、私も連れて行って……ティーラは夢中で手を伸ばした。
……
………モフン? ん? モフモフ、温か……い…? 柔らかくて暖かい? 目を覚ましたティーラはモフモフで、柔らかな金色の毛に包まれていた。
ここは……どこ?
気持ちいいし、天国かな?
あの森は天国に続いていたの?
だから久しぶりに両親の夢を見られた? 目の前の柔らかな金色にを埋めると、その金色はモゾモゾ動いた。
「お前……気が付いたのか? おい、気付いたのなら返事しろ」
「返事? ……毛玉が喋ったわ、言葉を話す毛玉?」
「毛玉だと? 違うから、よく俺を見てみろ」
喋る毛玉の言う通りに見ると頭にフサフサな耳らしき物が見えて、大きな口に牙、立派なたてがみ……大きな手でティーラを包み込んでいた。
ペチッ、ペチッ、毛玉のお尻には"毛玉"とティーラが呼んだせいか、機嫌を損ねて大きく揺れる長い尾っぽがあった。
コレって昔に見た覚えがある、お父さんが買ってきた動物の絵本に載っていた。
「あなた、動物のライオンみたい」
「動物のライオンみたいじゃない、俺はライオンの獣人だ」
「ライオンの獣人? それは初めて聞いたわ、ライオンの獣人はモフモフで暖かいんだね」
「……そうか?」
「とてもいい匂いで、柔らかくて、あったかい……これがライオンの獣人」
「ふん、わかったか」
「うん、わかった」
「なら、いいんだけど……あのさ、俺はお前に一つ、言わないといけないことがある」
「なんでしょう?」
「お前が着ていた服を破っちまった」
「……私の服を破った?」
いきなりの謝罪と、彼が指さした部屋の隅に真っ黒に汚れたワンピースが、ビリビリに破けた状態で置かれていた。
「……あれ、私のワンピース」
「お前を森で見つけだはいいが……体が思った以上にひんやりしていて、焦って脱がせようとして……破っちまった」
私の体が冷たかった?
そうよね寒空の下、あんな薄手のワンピース一枚で木の下で寝ていたのだ、冷たくなるのは当たり前。
「ライオンさんに助けてもらって悪いのだけど……私はあのままほっといて欲しかった……そしたら私は……」
永遠に眠り、この胸の痛みから逃れたのに……この言葉のあと、ライオンから出てギリっと……何かを噛む音を聞いた。
「バカかお前は! そんなことを冗談でも言うんじゃない! 俺がお前を助けたいと願い、どれだけ心を痛めて、心配しだと思ってるんだ!」
「ひゃっ」
ライオンは大声で叫び体を起こすと、ティーラの肩を掴みベッドに押しつけた。鋭い琥珀色の瞳がティーラを睨みつける。
「痛っ……」
「痛いだろ? 何が目が覚めなくてもいいだと? 死んでもいいだと? そんなことは俺がゆるさねぇ、悲しい事を言うんじゃねぇーよ!」
ライオンは鼻にシワを寄せ「グルルル」と低い声で鳴いてティーラを威嚇した。その時にしっかり見えた彼の顔、怒っているのに何処か悲しそうで、眉をひそめ、いまにも泣き出してしまいそうな瞳をしていた。
「……簡単に死んでもいいなんて、バカな事を…言うなよ」
ライオンの琥珀色の瞳からポタリと、ティーラの頬に涙が落ちた……そのライオンの涙を見て胸がキュッと締め付けられる。
私は見ず知らずの彼を傷つけてしまった、助けてもらったのに、私は酷いことを言った。
ティーラの瞳から涙が溢れる。
「…ごっ…ごめん…なさい、ごめんなさい……でも、胸が痛いの、苦しいの……忘れたいのに忘れなくて、思い出すと、苦しくて涙が止まらない……あ、ああっ……」
泣きじゃくるティーラ。
そんなティーラにライオンは押し付けていた手を取り、モフモフの胸に抱きしめてくれた。温かい胸の中でライオンの優しい声が降ってくる。
「ごめん、お前にも事情があるんだな。ごめん……大声で怒鳴ったりして悪かった……いまは、いいだけ泣け、お前が泣き止むまで俺が抱きしめてやる……だから、死ぬなんて考えるな、好きなだけ泣けばいい」
「うっ、ううっ……ありがとう」
ライオンに抱きついてティーラは泣いた……どんなに泣いてもリオン君は戻らない、何も変わらない事もティーラは知っている。でも、この苦しさを全て出してしまいたかった。
彼の温かい腕の中で私は泣きじゃくった。
「酷いことを言ってごめんなさい……ライオンさん……ありがとう」
「……わかった」
彼の立派なたてがみがティーラの涙で濡れたけど、気にすることなく優しく抱きしめてくれた。
「……ライオンさん、私を助けてくれてありがとう」
「うん」
いっぱい泣いて……全て出しつくしたのか涙は止まると……ティーラの体から力が抜け落ちる。
――私は彼の腕の中で眠りに落ちたのだった。