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「俺、山手線を一周したら告白するんだ!」~俺と後輩の旅日記~

作者: 久野真一
掲載日:2021/09/19

二人が駅を見た感想とかは若干偏見入っているのでご注意ください。

 もうすぐ五月になろうという、少しだけまだ肌寒い夜。

 オタク街として有名な秋葉原の吉野家の一角にて。

 長身で痩せ型の俺、高倉真尋(たかくらまひろ)

 ちっこくてスレンダーな彼女、山川羽海(やまかわうみ)


「GW最初の土曜日、予定空いてるか?」


 秋葉原の吉野家で牛丼を貪り食いながら聞いてみる。

 今日の講義は終わって秋葉原を散策した後。

 貧乏学生としては牛丼チェーン店は定番だ。


「……空いてますけど」


 テーブルの向かいの少女は胡乱な目つきだ。


「なんだよ」

「真尋先輩、また変な企画考えてるんじゃないでしょうね」


 じとーっとした視線を向けてくる少女は小柄でぺったんこ。

 どこがとはあえて言わない。

 可愛い系な容姿もあって我が探検部でのマスコット系少女である。

 

「なんだよ、羽海(うみ)。俺が変な企画考えたことなんてあったか?」

「前回の企画で地下通路を探検するとか言ったのは誰でしたっけ?」

「地下通路といえば探検だろ」

「下水道が通ってる臭いところじゃなければ良かったんですけどね!」

「過ぎたことを言っても仕方ないだろう」


 俺の言葉にかえって来たのは大きな溜息。


「はあ。もう良いですよ。それで次の企画は何ですか?」


 文句を言いつつも来てくれるのが羽海(うみ)のいいところだ。


「ずばり。山手線一周だ」

「当然、車や自転車ですよね?」

「一体何を言ってるんだ。徒歩でなければ探検にならないだろう」


 探検部のポリシーは、交通機関はなるべく使わないだ。


「一応聞きますが、山手線一周って何kmくらいですか?」

「大体45kmくらいだな」

「フルマラソン並じゃないですか!本当にやるんですか?」


 非難めいた視線と声を向けてくるが俺も慣れたもの。


「俺と羽海の体力的には行けるだろ」


 40kmオーバーするような探検企画だって俺たちはこなしている。

 うんざりした顔だけどやって出来ない事はないはずだ。


「いけますけど……GWですよ?お昼は暑くなって来ましたし」


 言いたいことはわかる。

 なぜわざわざそんなことをしないといけないのかと。

 ただ、俺は俺でこの企画に賭けたものがある。


「熱中症には注意しないといかんな」


 水分補給に塩分補給。ペース配分など気を配らないと。


「それ以前にもうちょっと普通の探検しましょうよ!」

「GWにあえて行くからこそ探検になると思わないか?」

「思いません!」


 この後輩は容赦ない。


「わかった。企画が終わったらスイーツ食べ放題を奢ろう」


 これならどうだ。


「本当ですか?安いの食べ放題とかだと釣り合いませんからね?」

「わかってる。高級スイーツ店で好きなだけ食べるがいい」


 小柄な体躯に似合わず健啖家な彼女のことだ。

 さぞかし大量に貪り食うだろう。

 一万円を超える出費で来てくれるなら安いものだ。


「それなら行きます。でも先輩、本当に約束ですからね?」


 念押しするように言う羽海。


「当然だ。俺は約束は守る主義だ」

「昔から約束だけ(・・)は守ってくれましたよね」

「だけとはなんだ。だけとは」

「いつも無茶をするところですよ」


 ヤレヤレとでも言いたそうに手の平を上に向けている。

 少し芝居がかった仕草だけど、彼女なりのポーズだ。

 仕方ないと言いつつ最後には付き合いが良い。


「ここからはマジ話だが熱中症対策はマメにな」


 いかに歩き慣れていようと熱中症リスクは馬鹿にならない。


「わかってます。水分補給もしっかりしますし帽子も被ります」

「ならよし。途中でマジやばそうなら電車に乗って戻る」

「万が一の時はちゃんと考えてるんですよね」

「当然だ。俺の企画だからな。羽海が熱中症とか寝覚め悪い」

「そういう所はいいところなんですけど……」

「なんだ?」

「もうちょっとのんびり出来るところがいいですよ」


 羽海は元来はのんびり屋だ。

 どうも俺を慕って付き合ってくれてる節さえある。

 ともあれ、彼女が言いたいこともわかる。


「とにかく、土曜日は頼む」

「今から憂鬱になって来ました……」


 いつもの平日夜を過ごした俺たち。


◇◇◇◇


「見事に晴れたな」


 時は流れてGW最初の土曜日の秋葉原。

 頭上を見上げると燦々と照りつける太陽。

 今日の最高気温は25℃らしい。

 予想以上に暑い。本当に熱中症対策はきちんとしないと。


「おまたせしました、先輩!」


 振り向いたところに現れたのは元気いっぱいの後輩。

 長距離を歩けるように衝撃吸収機能付きのスニーカー。

 トレッキング用のスカートに白地に可愛いキャラがプリントされたTシャツ。

 Tシャツを着ると普段にも増してぺったんこが強調される。


「どうせ、またぺったんこだと思ってるんでしょう?」


 何故ばれた。


「いやいや。似合ってるって思ってただけだぞ?」


 視線を逸らしつつ言い訳をしてみる。


「え、そ、そうですか?ありがとう……ございます」


 慌ててのフォローだったのだが効果的だったらしい。

 目を逸らして照れ照れしているのが可愛らしい。


御徒町(おかちまち)方面か、神田(かんだ)方面、どっちにしますか?」


 山手線はよく知られているようにぐるっと都内を回る。

 御徒町方面か時計周りの神田方面になるかが問題になるわけだが……。


「御徒町方面だな」

「了解です」


 特に強い意見があったわけじゃないんだろう。羽海は頷いて、歩き出す。


「しかし、なんていうか……」


 隣を歩く羽海を眺めると、はてなという表情で見返される。

 健康的な身体にはこういうファッションがやけに似合う。


「もっと無骨なのかと思ってたけど。やっぱ可愛いなって」


 実の所今日の企画にはもう一つの狙いがある。

 長年の腐れ縁を断ち切って彼氏彼女の関係になることだ。

 そのためには、誉め言葉を出し惜しみなどしていられない。


「ちょ、ちょっと。今日の先輩変ですよ?うれしいですけど……」


 よし。悪い気はしていないらしい。


「変じゃない。可愛いものを可愛いと言って何が悪い」


 ここで歯の浮くような言葉を言えればいいのだけど。


「……ひょっとして、照れてます?」


 見抜かれた。


「解釈に任せる」


 その言葉に水を得た魚のように目を輝かせる羽海。


「本当、素直じゃないんですから」


 何が嬉しいのか、手をきゅっと握りしめてくる。


「ちょ、お前……」

「可愛い後輩にこうされて不満ですか?」


 くそ。ニヤニヤしてやがる。


「不満はないけど、お前こそ普段と様子が違うぞ」


 ひょっとして、意識しているのが伝わったんだろうか。


「いーえ、何も?ただ、服装は気合い入れてきましたから」


 確かに歩きやすさと可愛らしさが両立している。

 そうか。今日のために、こいつもそんなにも。


「まあいいや。歩こう」

「もうちょっと誉め言葉くれてもバチは当たらないと思うんですが」

「俺がそんな性格じゃないのよく知ってるだろう?」

「それくらいにしてあげます」


 言いつつも手は離してくれない。

 俺も彼女のこういう仕草が嬉しいからお互い様か。


◇◇◇◇


第一チェックポイント、御徒町(おかちまち)


「やっぱり土曜だけあって人も多いですね」

「山手線だからまあどこもそんなもんだろうな」


 御徒町は賑やかで地元住民用の店も多い。

 活気があるのはいいけど少し歩きづらいかもしれない。


「とりあえず、写真だけ撮るか」

「ですね」


 山手線一周の証拠に各駅で写真を撮る。

 今回の企画の制限はそれだけ。

 そもそも、半日はかかるからゆっくり観光をしてる場合でもない。


「よし、行くか」

「なんだか意外と平気ですね。行けそうな気がしてきました」


 それ、死亡フラグと言いたくなったのをこらえる。

 何事もなければそれが一番いいのだ。


◇◇◇◇


 第二チェックポイント、上野(うえの)

 上野動物園やアメ横、博物館と色々な施設が目白押しだ。


「先輩、これ直進したら行き止まりじゃないです?」

「ああ。ちょっと迂回しないと行けないぽい」

「路線沿いに素直に進めばいいと思ってました」

「まあ、これも探検の醍醐味って奴だ」


 ちらと様子を窺うと、呆れたかと思えば、


「そうですね。こうして歩かなければ見えない事かもしれません」


 額から少し流れる汗に微笑みを浮かべて羽海は言った。


「……ああ」


 強引なお誘いだが案外楽しんでくれているらしい。

 俺も先輩らしくきっちりと先導しないとな。

 それに、今日の目的(・・・・・)もきっちりと果たさないと。


 さすがに大きな上野駅の看板を撮影して次へ。


◇◇◇◇


 第三チェックポイント、鶯谷(うぐいすだに)

 普段俺たちがあまり訪れることはない駅だ。

 しかし、隣の羽海を見ると微妙に気まずい表情だ。


「鶯谷って……こういうホテル多かったんです、ね」


 俺は俺で少しバツが悪い。


「検索してみたら、この辺りはラブホ街なんだと」


 しかも駅沿いだからモロにラブホ街に直撃だ。


「GWのお昼前なのに、お客さん入るんですね」


 視線の先を見れば大学生カップルと思われる男女。

 にぎやかに話しながら当然のように入っていく。


「デートの途中にご休憩って感じじゃないか」

「先輩、ちょっと下品ですよ」

「悪い。しかし、歩くと色々な発見があるもんだ」

「それだけは同意です」


 鶯谷駅を撮影して次へ。


◇◇◇◇


 第四チェックポイント、日暮里(にっぽり)


「この辺りは割と静かですね」

「俺も来たことはないけど、下町っぽいよな」


 今までの駅では一番落ち着いているかもしれない。


「こういうところで静かにデートも悪くないかもです」


 そう言って意味ありげな視線を向けてくるが、


「今日の企画が終わったら、また来ようぜ」


 視線を合わせてうなずきつつ答える。

 

「約束ですからね?」

「ああ、もちろんだ」

 

 しかし、約束か。


「約束するなんて随分久しぶりだよな」

「小学校以来でしょうか」


 もうおぼろげにしか思い出せない小学校時代。

 「絶対にからかわない」

 「ゲームで一方的にいたぶらない」

 「ズルをしない」

 喧嘩になるたびに他愛ない約束をしたもんだ。


◇◇◇◇


 第五チェックポイント、西日暮里(にしにっぽり)


「なんで西日暮里なんでしょうね」

「さあ。東日暮里駅はないわけだし。謎だ」


 二人とも、西日暮里についてはあんまり感想なし。


 駅の看板だけ撮って、次へ。


◇◇◇◇


 第六チェックポイント、田端(たばた)

 

「こんな駅あったんだな。意外に寂れてるっていうか」

「山手線沿線でもこういうところがあるんですね」


 妙に静かな駅前の雰囲気に、少し神妙な雰囲気になってしまう。


「しかし、さすがに暑いな」


 塩タブレットを舐めつつOS-1経口補水液をちびちびと流し込む。

 隣の羽海は水筒に入れた何かしらをちびちびと飲んでいる。


「ところで羽海の水筒に入ってるのは何だ?」

「スポーツドリンクです。ぬるくなったら嫌ですし」

「用意がいいな。ただ、スポーツドリンクだと塩分足りない事もあるからな」

「大丈夫ですってば。フルマラソン走るわけじゃあるまいし」


 どうにも楽観視しているが少し不安だ。

 ただ、いざという時のためにリュックサックには秘密兵器がある。


 一通りしゃべって、小さな田端駅……と言っても東口……を撮影。

 

◇◇◇◇


 第七チェックポイント、駒込(こまごめ)


「住宅がなんか多いな。あんまり娯楽施設はなさげだけど」

「友達で駒込から通学してる子も居ますよ。住むには悪くないらしいですよ」


 確かに駅前はゴミゴミしていなくて、普段住みにはいいかもしれないな。


「将来はこの辺りに住むとかもありかもなー」

「都心方面は狭い割に家賃高いですもんね」


 俺たちは通学に有利な場所を選んだ結果、お互い大学近くの1ルーム。

 我慢出来ないでもないけど手狭な感が否めない。


「いっそのこと2LDKとか借りてシェアハウスとかどうだ?」


 冗談めかして反応を見てみる。

 そんなのゴメンですよ、と言い返してくるのを期待して。


「……それもありかもしれません」

「お、おう。そうか」


 もしや暑さで頭がやられてるんじゃないだろうか。

 そう心配したくなるくらいの素直さだった。


 ともあれ、駒込駅を撮影だ。


◇◇◇◇


 第八チェックポイント、巣鴨(すがも)


「なんかお年寄りが多い気がしますね」

「おばあちゃんの原宿って呼ばれてるんだってさ」


 確かに駅前商店街にしろ、他の店にしろ若者が寄る雰囲気じゃない。

 売ってる者もおじいちゃんおばあちゃんが好みそうなものが多いし。


「私たちもいずれおばあちゃんになる時が来るんですよね……」

「人間誰しも老いるものだしな。よし、次行こう」


 先は長い。そそくさと駅を後にしようとしたら。


「先輩と私は、おばあちゃんになっても一緒に居られるんでしょうか」

「……どんな形でも一緒に居られるといいな」


 なんだか羽海が感傷的というか、やたら俺を意識した発言が多いというか。

 俺の目的を考えれば願ったりかなったりなんだけど、調子狂うな。


 ともあれ、撮影だ。


◇◇◇◇


 第九チェックポイント、大塚(おおつか)


「繁華街が多いな。飯屋も多いし、結構いいかもしれん」

「女性にしてみると、ちょっと治安が心配ですけどね」


 なるほど。繁華街と言っても俺はあんまり気にしない。

 しかし、女性の一人暮らしから見るとそういう観点もあるのだろう。


「飲み屋は多いし、こういう所で飲むのもいいかもな」

「今度飲みに来ましょうか」

「いいな」


 大塚駅、撮影。


◇◇◇◇


 さて、次は池袋というところなのだけど、お腹が空いて来た。

 それに羽海も少し疲れて来てるな。よし。


「なあ、そろそろお昼にしないか?」

「いいですね。ちょうど涼を取りたかったですし」

「何にする?俺は冷麺とか食べたい」

「いいですね、冷麺。行きましょう!」


 近場にある日高屋に手早く入って、二人して冷麺を注文。


「美味しい!生き返ります!」

「空腹は最高の調味料ってよく言うよな」

「それもですけど、塩味と酸味が絶妙ですよー」


 一瞬、日高屋の冷麺をそこまで絶賛するものか?と疑問に思ったが。

 まあ、羽海の奴も腹を空かしていたんだろう。


「ところで、一周まであと何駅ですか?」

「えーと……あと20駅くらい」

「まだ1/3行ってないんですね」


 心なしか少し元気がなさそうだ。


「きついなら引き返すか?こだわることもないぞ」


 それこそ羽海が倒れたら大事だ。

 今日は暑いし熱中症のリスクは馬鹿に出来ない。


「いいえ。ご飯食べたら生き返って来ました!まだまだ行けますよ!」

「わかった。でも、無理はするなよ」

「大丈夫ですってば」


 羽海は律儀な上に責任感が強いところがある。

 一周するのだから途中で止められないと意地になりそうなところがある。

 ま本当にヤバそうなら俺が強引にでもストップをかけるか。


◇◇◇◇


 第十チェックポイント、池袋(いけぶくろ)


「さすがに見慣れた街って感じですね」

「羽海はよく乙女ロード通ってるしな」

「先輩が秋葉原によく行ってるようなものですよ」

「わかってるって。しかし、俺もその内乙女ロード行ってみるかな」


 何の気なしに言った言葉だった。なのに。


「どうしたんですか?先輩、何か悪いものでも食べたんですか?」

「その言いよう!たまには羽海の趣味を理解するのもいいかなと思っただけだよ」

「嬉しいような、嬉しくないような。微妙な気分です」

「だって。羽海はよく秋葉原に付き合ってくれるのに、不公平だろ」

「私は元々どっちも行けるクチですし」

「とにかく。今度池袋行くときは俺も誘ってくれよ」

「考えときます」


 歩きに体力を使っているせいだろうか。

 羽海もいつもより素直な気がする。

 だとしたら今日の作戦はうまく行くかもしれない。


 ともあれ、池袋駅、撮影。


◇◇◇◇


 その後も、


目白(めじろ)

高田馬場(たかだばば)

新大久保(しんおおくぼ)

新宿(しんじゅく)

代々木(よよぎ)

原宿(はらじゅく)

渋谷(しぶや)

恵比寿(えびす)

目黒(めぐろ)

五反田(ごたんだ)

大崎(おおさき)

品川(しながわ)


 と淡々と制覇していく。

 もちろん、歩き詰めは危険だ。

 時に休憩を挟んだりコンビニで甘いものを補給したりしながら進んだ。

 しかし、五反田駅を過ぎた辺りから羽海の様子がおかしくなって来た。


「すいません、コンビニ寄っていいですか?喉が乾いて」

「そりゃもちろん。熱中症になったらことだしな」


 帽子を被って、塩タブレットや経口補水液など準備はしっかりしていた。

 しかし、水筒に入ったものだと限界はあるだろう。

 だから気にしてもいなかった。しかし。


「ちょっと水分不足かもしれません。またコンビニ寄っていいですか?」

「ああ、気にするなよ」


 この時点で何やら嫌な予感はしていた。

 前にコンビニに寄ってから1時間と経っていない。


 口数もどんどん減って行くし、


「羽海。大丈夫か?」

「え?ええと、なんですか?」

「いや、だいぶしんどそうに見えるぞ。引き返さないか?」


 強引に誘った負い目もある。だからこその提案だった。


「ちょっと疲れただけですから。まだまだ行けます!」

「わかった。でも、本当に駄目そうなら言えよ?」

「はい。ちゃんと言いますから。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」


 羽海の奴はこれだから。昔から、こうだった。

 二人で遠くに行った時にバテても、「大丈夫ですから!」が口癖だった。

 無理する癖に強がるのが危なっかしくて目が離せなくなったんだっけ。

 

 残り後数駅で、今は大崎(おおさき)駅。

 羽海としても始めたからにはきちんとやりきりたいだろうけど。

 ここからは目を離さないようにして、ヤバそうだったら強引にでも電車で戻ろう。


 そう決意しつつ、撮影したのだった。


◇◇◇◇


 品川駅(しながわ)を超えて高輪(たかわ)ゲートウェイ駅に向かう最中。

 時刻を見るともう18時を過ぎている。だいぶ日も落ちて来ている。

 しかし、どうにも羽海の様子がおかしい。

 時々、足を引きずるような動きをするし、息もなんだか荒い。


「なあ、羽海。足、大丈夫か?」

「だ、大丈夫ですよ。ちょっと挫いただけですから」


 挫いた?羽海の様子は見張っていたけど、そんな様子はなかった。

 そして、この症状に俺は心当たりがあった。


「まずいな」

「え?」


 念の為持ってきた味噌汁が入った水筒を取り出す。

 トクトクと味噌汁を注ぎ入れて渡す。


「ほら、飲め」

「え、ええと?」

「たぶんだけどな。羽海は塩分不足だ。いいから飲んでみろ」

「脚の痛さとか関係なさそうですけど……わかりました」


 半信半疑と言った様子で味噌汁をぐいっと飲む羽海。


「ほら、もう一杯」


 さらに注いで羽海に渡す。

 しばらくの間、立ち止まって休憩していると次第に羽海の顔色が良くなってくる。

 

「あれ?急に身体が楽に。足攣ったような感覚もなくなりましたし」


 自分の身体に何が起こったのか不思議らしい羽海。


「たぶんだけどな。羽海、塩分がめちゃくちゃ不足してたんだよ」

「スポーツドリンクはちゃんと飲んでましたよ」

「スポドリは案外塩分が少ないんだ。実体験だけどな」

 

 以前の苦い経験を思い出す。

 喉が乾いたからとスポーツドリンクを飲めば飲むほどしんどくなった事を。


「ああ、それで味噌汁なんですね」

「こういうのは実際に体験しないとわからないからな」

「ありがとうございます。それと、足引っ張っちゃってごめんなさい」


 本当に申し訳無さそうに謝られてしまう。


「いや、俺こそ、もっとこまめに様子を見るべきだった」

「でも……」


 なおも言い募ろうとする羽海を制して、


「どうする?多少回復したかもだけど、今から電車で帰るのもアリだぞ」


 こんなので命を落としたら本当に洒落にならない。

 しばし、羽海は懊悩した後、


「いえ。あと五駅じゃないですか。足も回復したし行けますよ」


 少し疲れはあるけど、顔色は良いし、羽海の意思を尊重すべきか。


「わかった。でも、本当にやばそうなら、すぐ言えよ」


 正直、俺と羽海の体力差を色々舐めていた。

 どうせ探検するにしても、もっと短いところとか選べば良かったかもしれない。


◇◇◇◇


 田町(たまち)駅を超えて浜松町(はままつちょう)駅に向かう途中。

 ここまで来ると平らな道がひたすら続くので羽海にとってもだいぶ楽だろう。

 ただ―


「羽海、ごめん」


 既に疲労を隠せなくなっている彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「え?なんで謝るんですか?」

「元はと言えば俺が強引に誘ったせいだろ。もっと楽なのを考えるべきだった」


 別に山手線一周である必要はなかったのだ。

 素直にオタク同士それこそ秋葉原や池袋を巡るデートをして、終わりに告白。

 そんなのでも良かった。

 ただ、ブログで山手線一周記録というのを見たのがまずかった。

 

「二人で山手線を一周して、終点の秋葉原で告白。いいのでは」


 そんなトチ狂った考えを抱いてしまった。

 お互い疲労困憊であろう状態で告白とか今考えるとひどい計画だ。


「先輩。勝手に自分で自分を責めないでください」


 思いの外強い声でそれは返って来た。


「いや、俺が強引に誘ったのは確かだろ。気を遣ってくれるのは嬉しいけど」


 それでもやはり自分を責めずには居られない。


「私も今回の山手線一周には意気込みがあるんです。私の意思なんです」 


 疲労の中でも鋭い眼光。どうやら本気の本気で何かあるらしい。


「その意気込みっていうのは聞いてもいいことか?」


 彼女なりに一つの大きな出来事を成し遂げたかったとか。


「秋葉原駅まで戻ってきたらお話します。それでいいですか?」

「ま、まあ。それで気が済むなら」


 ということは、一周して来たら何かを話す心づもりだった?

 その瞬間浮かんだのは、

 

「俺、山手線一周したら告白するんだ」


 というしょーもない死亡フラグ。

 いや、俺はまさにそのつもりだけど、まさか羽海がな。


「とにかく、残り後数駅です。頑張りましょう!」


 一時はやばかったが、あと数駅ということで奮い立っている。

 なら、俺が止めるのもおかしいか。


「よし。無事に秋葉原に帰るぞ!」


 ま、羽海を疲労困憊にさせておいて、告白とか。

 成功するものも成功しなくなる気がしてきた。

 とはいえ、今更止めるのも違う。当たって砕けろだ。


◇◇◇◇


 第二十五チェックポイント、浜松町(はままつちょう)

 ひたすら平らな道が続く中にある何の変哲も無い駅だ。

 目白やら巣鴨辺りが意外と山あり谷ありだったからそう思うのかもしれない。


「ようやく終わりが見えてきたな」

「ええ。最後まで歩ききりまししょう」


 気がつけば19時近い。まだ春なのでもうすっかり夜だ。

 夜の広い歩道をこうして二人で歩いているのが少し不思議な気分だ。


 羽海の体力も考えて、さっさと浜松町駅を撮影して次へ。


◇◇◇◇


 気温が下がったおかげで、だいぶ歩きやすくなった。

 ここらは道が平坦だし迷いにくい。

 羽海の様子を気遣いつつ歩いたが、異常はない模様。


・第二十六チェックポイント:新橋

・第二十七チェックポイント:有楽町

・第二十八チェックポイント:東京

・第二十九チェックポイント:神田


 俺もだいぶ疲れてきたけど、なんとか残りは秋葉原のみ。


「次で最後、ですね。先輩」

「ああ。言いたかったこと聞かせてくれるんだよな?」

「はい。元々そのつもりでしたから」


 疲労の残る顔で気丈に言い放つ羽海だが、本当に何だと言うんだろう。


 神田駅、撮影。


◇◇◇◇


末広町(すえひろちょう)の交差点が見えてくると安心します」

「だな。もう駅は目前だ」


 末広町は秋葉原電気街の端っことも言える場所だ。

 行きは反対側から出たが、ここに到着したということはあと二十分もかからない。

 

「なんだか、私達滅茶苦茶浮いてますね」


 終わりが見えて元気が出てきたのか、苦笑しながらの一言。


「完全に運動のための装備だしな。何しに来たんだよって感じだよな」


 中央通り沿いに一歩、また一歩と歩いていく。


「TSUKUMO EXだ。PCパーツ買いたくなってきた」

「後日、思いっきり付き合いますから」

「CPUをRyzen 9 5900xに換装しようと思ってたんだよな」

「先輩、そんな化け物CPU何に使うんですか?」

「どうせ使い切れないけど、所有欲って奴だよ」

「お金、あるんですか?」


 痛いところを突かれた。


「バイト代が入ったら……」

「CPUでまるごと消えますよ?」

「いいんだよ。12コアCPUはロマンなんだよ」


 そんなどうでもいい事を話しながらさらに駅に近づいていく。


「メロンブックスが見えますよ!」


 言われてみると確かに秋葉原駅前のメロンブックス。


「まあ、こないだ新刊は大体買ったけどな」

「私はまだ買ってない新刊あるんですけど」

「じゃあ、今度付き合うからな」

「約束ですよ?」


 オタク同士、本当にくだらない会話だ。

 そして、それから十分もしない内に―


「到着ー!」

「やーっと着きましたね!」


 二人で電気街口前でハイタッチ。

 ちょっと浮くだろうけど気にしない。


「正直、山手線一周を甘く見てました」

「俺も正直な。高低差が結構きつかった」


 路線図に沿って淡々と歩けばいいと当初は思っていた。

 しかし、路線に沿って歩くと通過できない道がある。

 あるいは、上りの階段や下りの階段も結構出てくる。

 さらに大幅な回り道が必要で迷ったこともある。

 距離だけ見て舐めてはいけなかった。


「でも、これで山手線一周は達成です!よね?」

「ああ。今日は付き合ってくれて助かった、羽海」


 羽海が熱中症になりかけになったにしろ、一人だとしんどかったのは間違いない。

 二人でどうでもいい事をしゃべりながらだからこそ達成出来た。


「それでさ。実は俺も山手線一周を達成したら言いたいことがあったんだ」

「ええ?先輩も、ですか?」

「ああ。で、駅前で言うのも何だし目立たない場所に移動しないか?」

「そうですね。私のも人混みの中でいうことでもないですし」


 意見が一致した俺たちは人気の無い暗い路地に移動。

 しかし、これ、告白のロケーションにはあんまりふさわしくないな。

 今更気づいてしまった。


「それでですね。まず、私から先攻でいいですか?」

「ああ。お先にどうぞ」


 正直、いよいよ告白とあって脈拍がどんどん上がってきている。

 とはいえ、この日に付き合ってくれた羽海を優先すべきだろう。


「先輩。ずーっと大好きでした。お付き合いしてください」

「え?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 

「悪い。聞き間違いかもだからもう一度頼む」

「鈍感難聴主人公ですか」

「いや、ちょっと信じられなくて」

「じゃあ、もう一度言いますよ。大大大好きです、先輩。恋人になってください」

「文言が違うじゃねえか」

「ちゃんと聞こえてるじゃないですか」


 じろりと見据えられる。

 まさか、まさか。俺が告白する前に羽海が先手を打ってくるとは。

 とはいえ、俺の方も先に返事をしないと。


「じゃあ、俺も返事するな。ずっと好きだった羽海。付き合って欲しい」

「え?もう一度言ってくれませんか?」

「鈍感難聴ヒロイン?」

「いえ、ちょっと信じられなくて」


 目を真ん丸にして驚いてやがるがそれほどの事か?


「じゃあ、もう一度言うぞ。大大大好きだ、羽海。恋人になって欲しい」

「文言違うじゃないですか」

「羽海の方こそちゃんと聞こえてるだろ」


 つまり、お互い両想いだったと。

 実感するにつれて顔が熱くなってくるし、身体も熱い。

 これ熱中症じゃないよな?


「あのさ。羽海は今回の企画、パフェ食べ放題で来てくれたと思ったんだが」

「口実に決まってますよ。これだけ大変な事、パフェで割に合わないですよ」

「言われればもっともだけどな。つまり、お互いにこの企画に願掛けしてたと」


 全く、他の誰かが聞けば笑うしかない結末だ。


「好きのきっかけ、聞いてもらえますか?」

「ああ。気になるしな」


 小学校から大学まで、一年後輩としてずっと続いてきた腐れ縁。

 その中で羽海は何を思っていたのか。


「元々、私は先輩に憧れてました。いつでも迷わず自分の道を進んでましたから」


 確かに、昔から少しそんな事はあったかもしれない。


「しかし、大層なもんじゃないぞ。その時々でやりたいことやってるだけだし」


 面白そうだった、ただそれだけ。


「やりたいこと、だけで、新しく部活設立したり名門校に合格したりとか……」

「そう言われてもな。別に大層な意識があったわけじゃないし」


 事実だ。確かに、理系の某名門校に俺は入学した。

 ただ、そこには自分のやりたい事があったから勉強をしたに過ぎない。

 部活だってそうだ。探検をやりたいけど、サークルがなかったから作った。

 ただ、それだけだ。


「先輩はそういう人でしたね。私まで同じ大学目指す羽目になりましたよ」

「ていうことは、俺の後に入ってきたのは……」

「先輩を追いかけてに決まってるじゃないですか」

「それでか。志望理由をはぐらかしてたのは」


 なんとも我ながら罪作りなことをしていたらしい。


「だから、先輩が探検部に誘ってくれた時は、「これだ!」と思いました」

「サークル活動までか」


 まさに執念。

 俺の羽海への思いなんて、羽海からの思いに比べれば小さいもんだ。


「ひょっとして、部員の中でやたら俺に付き合い良かったのも」

「一緒に居たかったからに決まってるじゃないですか。言わせないでくださいよ」


 顔を赤らめて言う羽海がとても可愛らしい。


「そうか。羽海の事はいい女だと思ってたけど、想像以上だったんだな」


 俺が思いつく企画なんてのは大概無茶なものだった。

 それに表面上は文句を言いつつも、ついて来てくれたのだから。


「い、いい女っていうほどのことはないですけど。先輩はいつから?」


 まあ、そりゃ聞かれるよなあ。


「羽海に比べたら、ほんっとくだらない理由だぞ?」

「別に理由はどうでも好きな気持ちは変わらないですから」

「じゃあ、言うけどさ。ずっと慕ってくれてたから嬉しかったんだよ」


 俺の好きは単純なこと。

 いつも俺について来てくれる彼女と一緒にいる内に好きになってしまった。

 たた、それだけ。


「その。じゃあ、昔から私がうろちょろついてたのとか、実は……?」

「羽海は気にしてたのかもだけど、俺としては誇らしかったぞ」


 小学校の頃はあくまで妹分だったけど。

 その言葉は飲み込む。今はどうでもいいことだし。


「……それなら、もっと早く告白してれば良かったです」

「俺もな。単に慕ってくれてるだけだと思ってた」


 言い合ってお互い笑い合う。


「俺たち、相性いいのかもな」


 俺を憧れの先輩として見ていた羽海。

 羽海を慕ってくれる可愛い妹分と思ってた俺。

 方向性こそ逆だけど、相手のことをいつも見ていたのだから。


「そうですね。こんな汗くさい格好で告白なんかしてるんですから」

「言えてる」


 お互いずっと抱えて来た片想い。

 疲労困憊だけど、不思議と清々しい。


「なあ、良かったら今夜は俺の家に泊まってかないか?」

「恋人になったとはいえ、いきなりエッチな事はちょっと……」

「そういうのじゃなくて、せっかくだから思い出語りとかしないか?」

「それもいいですね。今までの事、きっちり検証させてもらいますから」


 挑戦的な目つきでふふんと不敵に宣言する羽海。


「俺の方こそな。これまで一体何年すれ違いが続いてたんだか」

「それ言うなら、先輩も同罪ですよ」


 一見険悪な言葉。でも、お互い顔が笑っている。


「しかし、やーっと彼女居ない歴=年齢を卒業かー」

「私も彼氏居ない歴=年齢は卒業ですね」

「明日から周りに見せつけてやろうぜ」

「それもいいですね。ちょっと変だけど自慢の彼氏ですって」

「なにげに傷つくこと言うなよ。まあ、羽海は文句なしにいい女だけど」

「ちょ、ちょっと。いきなり照れること言わないでくださいよー」


 不思議と疲労を忘れて、俺達は和やかに帰り道についたのだった。

 あ。


「夕ご飯忘れてた」

「もう遅いですし、コンビニで買いますか」

「そうしようか」


 こういう妙にうっかりしてるところも似た者同士。

 俺たちのお付き合いはまだまだ始まったばかりだ。

 ただ、ここまでずっと想ってくれていた羽海のことだ。

 このままうまくやって行けそうな気がする。


 春の夜空を見上げてそんな事を思ったのだった。

大学生二人による山手線一周紀行のような何かでした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 山手線一周はちょっと辛かったかあ。大阪の環状線なら一周してもそう大変では無かったのかな。途中でチェックポイントスキップしていなければ、もっと楽しい紀行記だったかも/w いや、実際、告白要素…
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