沈む太陽、黒き鎧
燃え盛る王宮の広場に、無数の骸が転がっている。
儀式の日、城を襲撃した男は、警備の者たちの多くを凶暴な力で殺戮し、七つの魔装を強奪した。
パラシュラーマの許で学び、国随一の力を手にしたと噂されていたカルナでさえ、襲撃者の前には手も足も出なかった。但しそれだけの実力者であるからか、命を奪われる事だけは、どうにか回避した。
いや――恐らく、絶命に至る深手を負わせた事により、それ以上の攻撃は不要であると判断したのだろう。
城には火が放たれた。町にも、至る所で火の手が上がり、都の全てを炎が舐め回した。
崩れゆく王宮の広場で、カルナが天井を見上げて転がっている。
その腹部は大きく引き裂かれており、赤い肉の蛇が弱々しい蠕動をしながら、中身をばら撒いていた。右腕は肘から先がなく、左腕は胸の皮膚ごと捥ぎ取られていた。骨盤の位置から、斜めに下半身を切断されており、左脚は付け根から、右脚は腿の中頃から爪先までを、失っている。
それでも、鍛え抜いた筋肉の力で血管を締め上げ、出血量を絞ろうとしていた。カルナの身体は石のように固まっている。
だからと言って、誰も医者に連れてゆく者がいない状況では、ほんの少しだけ命が長引くくらいしか良い事がない。寧ろ、激しい痛みに襲われている上で、筋肉を絞らなければいけない苦痛を長く味わわなければならないという意味では、即死した方がましであったと言えるかもしれない。
鍛えに鍛えた身体の所為で、カルナはなかなか死ぬ事が出来なかった。
だが、王城が少しずつ崩れているのを見て、それももうじき終わりを迎えるとカルナは思った。天井に亀裂が走り、熱で脆くなった壁が崩れ落ちる前兆のようにぱらぱらと粉塵をこぼしている。
それらが圧し掛かれば、筋肉を締める事も出来なくなり、死ぬ。潰れて、生を終える。
早く楽にしてくれ――
とさえ思った。
そもそもこの俺が、ここまで育った事そのものが間違いなのだ。王として育つ事を拒絶され、奴隷として上の階級の人間から軽蔑され、敬愛する師匠にもその血を憎まれ、果たして俺に、生きる意味などあるものか!?
天井が、壁が崩れ、カルナに覆い被さろうとする。
すると何処からか飛来して、落下した天井と壁を、同時に粉砕するものがあった。
それは、矢だ。
雷光のように飛翔し、電撃のように敵を貫く強弓によって放たれる、矢だった。
カルナの名を呼びながら、“雷神の子”がやって来た。他の兄弟は死んだが、彼だけは生き残ったらしい。しかしやはり、片腕が使えなくなり、胸にも槍で貫かれたような傷口が開いてひっきりなしに血を吐いている。
真面目ではあったが堅物の“正義の子”に、強いながら輪を掛けて優しく繊細な“雷神の子”は、カルナを特に慕っていた。若しも、カルナが自分たちの兄であれば、恐らく七つの魔装を受け継ぐのはカルナであっただろうと、普段から言っていた。
最後の力を振り絞っての一射であった。“雷神の子”はカルナの傍に膝を突くと、その前にぎょっとするものを差し出した。
人の……腕と、脚だ。
左右の腕と、左右の脚が、それぞれ一本ずつ。
消え入りそうな意識の中で、カルナは“雷神の子”の言葉を聞いた。
七つの魔装を与えられる力を持ちながら、奪われた自分に、王の資格はない。又、自分の命はもう長くはない。長兄も次男も、下の双子も死んでしまった。だから、生き延びる可能性を本当の長男であるカルナに託したい。この腕と足は、兄弟たちのものだ。
すると“雷神の子”はカルナの失われた四肢に、兄弟らの手足を取り付け、最後に自らの腹を割き、カルナが失くした分の臓物を、カルナの身体に押し込んだ。それだけでどうにかなる訳はないのだが、“雷神の子”は身体の中から、人体のパーツではないものを取り出し、カルナに与えた。
それは、金色に輝く鎧であった。曰く、七つの魔装はどれをとっても使用者に無双の力を与える。しかし七つ揃ってこそ、悪を討つ矛と、正義を守る盾としての役割を兼ね備えた鎧として成立する。その七つの武器を鎧とする要として、第八の魔装がある。これが黄金の鎧であった。
黄金の鎧は人体に同化して、決して傷付く事のない肉体を持ち主に与える。“雷神の子”はこの黄金の鎧の特性を利用して、カルナの肉体を兄弟の部位と共に復元しようとしたのだ。
崩れゆく王宮の中、兄弟たちの骸と、カルナの身体が、黄金の鎧によって一体化してゆく。“雷神の子”はその作業を終えると、満足げな顔で息を引き取り、王宮の瓦礫の山の下で眠りに就いた。
黄金の鎧によって失った手足と内臓を取り戻したカルナは、独り、瓦礫の下から這い出した。闇色の空を照らし上げる、燃え盛る王都や、砦の外の村までもが炎と煙に包まれているのを見下ろして、天を仰いで咆哮した。
カルナの心を、強い憎しみが包んでいた。その憎しみによって、黄金の鎧は太陽の光を失い、黒く凶暴な鎧として、カルナの身の内に沈んだのであった。