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黒い太陽④

「ドンシーラ、お前に訊きたい事がある。どうしてお前が、“羨望の斧鑓”を持っている? それはあの日、俺の国から奪い取られたものだ」


 カルナは、黒いハルバード――セヴンズ・トランペットと呼ばれるクラウンクラスの七つの魔装の一つである“羨望の斧鑓”を抱えて、地を這い、逃げ延びようとするドンシーラの前に回り込んだ。


「何故だ? 俺の国を滅ぼしたのはお前ではない。だが、お前は俺の国を焼き払った男が奪った魔装を持っている。何故だ!? 答えろ、ドンシーラ!」


 カルナは声を荒げた。殺意を表明する事はまだしも、このように感情を露わにする事は、彼らしからぬ行動であった。


「答えれば、それ以上苦しまないよう、脳を抉り取ってやる。だが答えなければ、貴様の全身の皮を剥ぎ取って手足をもぎ取り、臓物を引き摺り出して、発狂する程の苦しみを与えて、答えるまで痛め付けてやるぞ!」


 温厚なカルナの頭にも、ドンシーラが部下に命じさせた残酷に対する、報復の精神があったのだろうか。眼を剥き、唾を飛ばして激昂するカルナは、ドンシーラでさえ同じ人間とは思えない変貌ぶりであった。


 だが、残虐を行なうと警告する時点で、ドンシーラにとって、カルナはまだまだ甘いと感じられた。その語りからするに、カルナが故郷に於いて気高くある事を胸に育てられた、高位のカーストにあったものなのだろうとドンシーラは想像した。


 ドンシーラは左手で“羨望の斧鑓”を握り、右手で地面を掘り返して、カルナの顔目掛けて土を放った。


 そして、上半身の力だけで、どうにか横に転がり、彼から離脱してゆく。


 すると不思議な事が起こった。上半身の回転に巻き込まれる脱力した両脚が、折り重なった。単に交差されただけではなく、右脚には左脚が、左脚には右脚が、太腿から脛から、あり得ない曲がり方をしてみせたのだ。それはまるで、ツタ植物の芽が出た地面に、一本の棒を差して置くと、ツタが成長する際に棒に絡み付きながら伸びてゆくような光景である。


 そうしている内にドンシーラの絡み付いた両脚は、一本の太い尾のようなものに変わり、ドンシーラは横に転がるのではなくてその尾を左右に振りたくって、前進する事を覚えたようであった。


 最早、ドンシーラの両脚が、四足動物の後肢である事を証明するものは、二つに裂けた尾の先端から、それぞれ五本の突起が生じている事だけになっていた。


「お……おぉぉ!? な、何だ、これは!」


 ドンシーラが上半身を持ち上げた。その頭は、カルナに半身不随にされる以前よりも高い場所に位置していた。絡み合った両脚が胴体と地続きになり、溶け合って倍になった筋肉が重たい上半身を持ち上げているのである。


「ナーガ……」


 カルナはぼそりと呟いた。ナーガとは彼の国の言葉で、蛇を意味する。


 ナーガとなったドンシーラは、初めこそ自分の変身に戸惑っていたようだが、考えれば、皮膚や骨が蛇を連想させる形状に変化していたのだ。今更、両脚がそのようになったとして、何を怖がる事があるだろう。


 そう意識すると、益々ナーガ・ドンシーラの姿が変化を続けた。


 背中から肩の肉がもりもりと膨れ上がり、頸を覆うくらいまで発達した。頭部が肩の肉に埋まったような形になると、顔の横から鱗が発生してゆく。それは髪の毛や髭を巻き込んで硬質化し、手の指先、尻尾の先端までびっしりと覆い尽くしてしまった。特に顔の両脇のものは、何層か重ねられて、そのたびに色が変化している。最終的には、黒っぽい鱗の中で、文字通り蛇の眼(カガチ)を想起する赤色の模様が現れた。


「これが……黒い魔装……クラウンクラスの、能力か……!」


 ナーガ・ドンシーラはそれまでの倍にはなっている舌を、三つに割れた顎から垂らして、がらがら、という威嚇音交じりの声で言った。その言葉は幾らか聞き取り難くなっていたが、込められた感情が恐怖ではなく、喜悦である事を知らせるには充分であった。


 二の腕を持つ黒い大蛇が、顔よりも目立つ頸回りの眼を爛々と光らせた。そうして、身体を一気に引き延ばし、カルナ目掛けて槍を振るう。


 ナーガ・ドンシーラは突風の速度でカルナに接近し、穂先を繰り出した。


 カルナが横に逃げると、それを予想していたように、地面に残っていた尻尾の先端が襲い掛かった。


 カルナは地に伏せて尾による薙ぎ払いを回避するが、同じく地を這ったドンシーラが近付いていた。


 カウンターの突きを放とうとするカルナだが、その左拳はドンシーラが自ら開いた口の中に飲み込まれてしまう。すると、ドンシーラは自ら顔を前進させ、カルナの左腕を丸ごと口の中に吸い込んでしまった。


 ドンシーラは左腕でカルナの右腕の外側から腰を抱え、ぐぉっ! と、上半身を起こした。

 左腕を肩まで飲まれたカルナの足の爪先が、地を離れて宙に浮かぶ。


 ドンシーラはカルナの腰にあてがった“羨望の斧鑓”の穂先を、手前に引き寄せた。

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