黒い太陽②
「俺を殺す、だと?」
ドンシーラはがらがらと咽喉を鳴らした。
左右に割れた下顎を開き、もったりと長い先端が割れた舌をちろちろとやり、瞳孔を縦に細めてカルナを睨む。服を脱ぎ捨てると、全身に黒っぽい鱗が生じており、益々人間離れしてゆくようであった。
鬼人の姿となったカルナと対峙して、蛇人ドンシーラはハルバードの穂先を突き付けた。
「三度ばかり、てめぇはその言葉を口にした。だが、実行出来ちゃぁいねぇ。てめぇの手の内は分かり切ってんだよ! もう、はったりは効かねぇぜ」
「今まで俺に迷いがあった事は認めよう。だが、もう迷わない。お前は、お前自身の行為により、人間をやめた。お前を葬り去る事は、この世界に生きる人の平和の為に、達成されなければならない事だ」
「デカい口を叩きやがるぜ!」
ドンシーラはハルバードを振り上げ、カルナに駆け寄った。
上から打ち下ろされる黒い刃が、空気を引き裂いて唸り、カルナの頭に迫る。
カルナは両手を交差して、斧の手前の柄の部分をがっちりと受け止めた。金属同士がぶつかり合う甲高い音がして、ばちっ、ばちっ、と火花が走る。
ドンシーラはハルバードの穂先を手前に引きつつ、石突きの鎌でカルナの右脇腹をこそいでやろうとした。これを右の肘でガードし、左の縦拳でドンシーラの胸元を叩いてゆく。
膝を沈めて体勢を低くし、パンチを躱すドンシーラ。緩めた膝をぴんと伸ばす勢いで、伸び切ったカルナの左腕を、下から斧で斬り落としてしまおうとする。
だがカルナは、持ち上がって来る斧を左足で受け止めると、ここを足場に跳躍し、右足を横薙ぎにした。
鉈を振るうような風切り音と共に、ドンシーラの鼻の上を、頬から反対側の頬まで一閃する蹴り。
どぷっ……と、真っ赤な血が顔の下半分を染め上げるくらいにこぼれた。
ドンシーラに背中を向けるように着地したカルナは、傷の痛みと血の熱さに激昂して突きを繰り出すドンシーラの前で地面を蹴り、月面宙返りによって敵の背後に移動すると、握った拳を相手の腰部に激突させた。
「ぎゃおぉぉっ!」
ドンシーラが身体を反らして、前に二、三歩進み、顔から地面に倒れ込んだ。
カルナが突きをお見舞いした腰の肉が裂け、真っ赤な肉が剥き出しになっているばかりか、骨のようなものまで覗いている。
ドンシーラは手で上体を持ち上げようとするのだが、腰から下が全く動かなくなっていた。その理由を受け入れられずに、焦りによって手で地面を掻き毟る。
カルナがパンチを繰り出した際、その拳から中指の第二関節が突き出させられていた。中高一本拳自体はジルダとの戦いから披露しているが、黒い鎧を纏った指は関節一つ一つが刃の鋭さと金槌の厚みを持っている。そんなものを素早く強く打ち付けられては、肉は割かれ、骨が砕けるのも当たり前だ。
カルナはドンシーラの腰椎を狙って、中高一本拳を炸裂させた。これによって下半身に信号が送られなくなり、ドンシーラが歩く事は二度と出来なくなった。
ドンシーラはハルバードを地面に立てて、腕力のみでこれを攀じ登ってゆく。だが、地面に突き刺したハルバードに背中を預けて、漸く直立が出来るくらいである。
「こ、小僧……!」
「三度……」
カルナはドンシーラに右掌を向けた。そうして、親指を小指の第一関節に当てて、静かに言う。
「俺はあんたに、殺すと言った。そして見逃してしまった……」
親指を、小指の第二関節まで引き下げる。ドンシーラには分からないが、それがカルナの故郷での数の数え方だ。最初の動作が、三を表し、次のサインは二を意味する。
「四度目はない。もうお前を、許すつもりは欠片もない」
親指の先が、小指の付け根に触れる。それが、一、という意味だ。
カルナは指先を揃えると、右手を身体の左側にやりつつ、ドンシーラに肉薄した。ハルバードの支えがなければ立っていられないドンシーラに向かって、まるで剣を鞘から引き抜くように、鎧に包まれた手刀を外側に振り抜いた。
しぱっ!
カルナの手刀が、虚空に黒い尾を引いて走り、ドンシーラの胸板をぱっくりと立ち割った。鱗や皮膚ごと肉を削ぎ飛ばしたようで、表面を幾らか削られた胸骨が血の津波の中から剥き出しになった。
「ぐぎゃあああああーっ!」
ドンシーラは悲鳴を上げた。
カルナが、振り抜いた手刀を、今度は傷口に向けて繰り出そうとしている。
ドンシーラはハルバードに体重を掛けて後ろに倒れる事で、繰り出された貫手を運良く回避した。
無様に倒れ込んだドンシーラは、地面を這ってカルナから逃げようとしながら、黒いハルバードを掴み、声を震わせて叫んだ。
「た、助けてくれ! 俺に、力を寄越せ! セヴンズ・トランペット! お前は俺を選んだ魔装だろう!? 早く、俺に力をくれ‼」
「セヴンズ・トランペット……? ああ……」
カルナは呆れたように言った。
「お前、勘違いをしているよ。その魔装の名は、“羨望の斧鑓”――という」
「な、何……?」
「セヴンズ・トランペットとは俺の故郷に伝わる究極の力を持つ七つの魔装……“羨望の斧鑓”は、その一つに過ぎない……」