黒い太陽①
がきん!
カルナの胸と、心臓を貫くつもりで放った偽のディアナの剣の間から、そんな音がした。
人の胸を剣で刺す――これが成功した時に、そんな音がしない。
だが、鎧を身に着けていればまだしも、上半身は衣さえ身に着けていないカルナへの刺突が失敗したからと言って、そんな金属音が発生する訳がなかった。
「な……」
ディアナはぱっと後退した。右手に持つ剣は、中頃からぽっきりと立ち折られていた。
カルナであれば、剣を手刀や蹴りで折る事は可能であろう。しかしディアナの剣技も、一瞬の隙を突いて繰り出されたものであるから、如何にカルナとは言え防御は難しかった。
「何だい、そりゃあ……」
ディアナが顔を蒼くしていた。
ディアナの失われた剣先が、カルナの胸から地面と平行に生えている。
確かに剣は、カルナの胸に刺さっていた。その剣先が刺さっている部分が、黒く変色していた。
黒いと言っても、色素の影響で変わったものではない。黒曜石を思わせる輝きを放った黒い皮膚は、人間の体表に現れるものではなかった。
偽のディアナはドンシーラを振り向いた。彼が右手に持っているハルバードと、同じ種類の輝きを放っているのだ。
カルナはその間に、胸に左手をやって、折れた剣先を引き抜いた。この時にも、金属同士を擦り合わせるような気味の悪い音がした。
柔らかく発達した胸板が、鉄鉱石の黒色に覆われて、刃のように際立っていた。ディアナの剣を引き抜いた左手も同じようになっており、強く刃を握っている筈が血の一滴も流れない。
「く、黒い……魔装……!?」
ディアナはカルナの皮膚が、彼がたびたび口にしていたものに由来するのではないかと考えた。
その眼の前で、カルナの身体の一部が、内側から変質してゆく。
皮膚がぱりぱりと音を立てて固まってゆき、外側に向かってぎらりと突き出した。
胸、腹、背中、肩、腕、脚――これらが同時に鉄の鱗を生じさせてゆく。
彼らしからぬ険しい表情を浮かべた頬が、眼の下に沿ってぶっつりと裂け、湧き出した血液が赤黒く凝固した。
髪の毛がふわりと持ち上がると、どのような力が働いているのか、複数本の束が纏まってとぐろを巻き始め、牛や犀、鹿の角のように、伸びて固まった。
カルナは、鬼のような姿に変形していた。
まるで魔族の一種である。
だが、ドンシーラという前例がある事から、人間が別の姿に変わる事自体への驚きは、少なくて済んだ。
「俺は……」
カルナが、低い声で喋り始めた。
「幾つか嘘を、吐いていた……」
皮膚から滲み出したような黒い鎧が、身体を圧迫しているからなのか、カルナの言葉は途切れ途切れで掠れており、一言発するだけで苦痛を伴っているようだ。
「黒い魔装について、詳しくないと言った事……」
「魔装を持っている訳じゃない、といった事かい?」
偽のディアナは、折れた剣をカルナに向ける。刀身が半分の長さになっていても、魔力を込めれば実体を持たない光の剣が出現する。イメージをより強く持つ事が必要になるが、それは殺傷力を持った刃である。
「それは、嘘じゃない……。俺は、魔装を、持っている訳じゃ……ない」
「そうかい!」
ディアナは地面を蹴り出し、カルナに斬り掛かった。全ての魔装の力を最大限引き出し、五感を尖らせ、精神を澄ませ、膂力を振り絞った唐竹割りの一刀を、体当たりの勢いでカルナに浴びせてゆく!
「ちぇぇぇぇぇーっ‼」
鎧騎士相手であっても、兜から股下まで断ち割る事が出来るだろう一撃だ。
ディアナの身体が、剣と共に紫の光に包まれて、カルナに突撃する。
カルナも、偽のディアナ目掛けて突進した。
そうして、光よりも速い速度で右のパンチを繰り出し、ディアナの胴体にクリーンヒットさせる。
ぱんっ!
剣が折れた時と比べると、ずっと軽い音がした。しかし今度は、偽のディアナの身体が後方に大きく弾き飛ばされた。胸の鎧に大きな亀裂が走っており、水面に落下して水切りの石のように跳ねると、反対岸まで上陸し、樹の幹の、人の頭の高さの位置にぶつかって、ばたんと右肩を下にして倒れ込んだ。
「俺こそが、魔装なんだ……」
カルナはドンシーラに向き直り、彼が持つ黒いハルバードを指差した。指先に至るまで、黒い鎧が覆っており、鋭利な爪が刃物のように伸びていた。
「これが最後だ、ドンシーラ。お前を殺すッ!」