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死者との再会①

 がぶがぶがぼ……

 ぶくぶ……

 ぼごぼごぼぼぼぼぼっ!


 水に浸けられたイリスの頭の周辺に、気泡が次々と膨れ上がる。その量が増えるに連れて、彼女の身体がじたばたと動くのだが、少女が暴れたとしてもドンシーラは片手で御する事が出来た。


 鉤爪状にした指先の動きが、激しさから微細さに変化したのを見計らって、ドンシーラはイリスの顔を持ち上げてやった。


「はーっ、かはーっ、げぼっ……ぅ、ぅぉ、ぅおぇっ……」


 泉の水以外に、涙を鼻水と涎で顔を濡らしたイリスが、水の中に置き忘れた酸素を求めて息を吸い込んだ。しかしドンシーラはすぐに再び、彼女の顔面を泉にぶち込んでしまう。


 又も、イリスの顔の周りに気泡が生じる。だが今度は、先程よりも勢いがなく、指先に痙攣が走るのも短い時間であった。


 水から引き上げられたイリスの顔色が、死人のようになっていた。可憐な唇は紫色に変わり、魚のように小刻みに開閉を繰り返している。眼は虚ろになって、収縮した瞳孔があちこちに移動していた。


「ひゅーっ、ドンは相変わらず、えげつねぇなぁ!」

「今日はまだましな方だぜ、いつだったかなぁ、頭を水に押さえ付けて後ろからしてよぉ」

「口に管を固定して、飲ませ続けながらしてた事もあったよな! ぎゃははははっ!」


 年端もゆかぬ少女を痛め付ける時も、野盗共は変わらず楽しそうだった。抵抗する気力もない、明らかな弱者を、圧倒的な力で抑え付けて自分たちの思い通りにする。それがドンシーラ一味である。


「一晩中、こんな薄気味悪い森の中を駆けずり回らせてくれやがって、小娘が」


 三度目に水に浸けられそうになった時、イリスは両手を地面に突いて、顔が泉に落ちるのを防ごうとした。だがドンシーラの力の前にはあってもないような抵抗だ。そのまま水に浸けられて、二度目より更に小さい気泡と痙攣を引き起こした。


 顔を引き上げられると、ひゅ……ふひゅ、ふひゅ、ふしゅ……と、虫の呼吸をしながら、何かを言いたそうに唇を動かした。ドンシーラが水責めを一旦やめ、その言葉を吐く事を許可すると、イリスはそよ風よりも消え入りそうな声で、助けて……と、言った。


 無論、ドンシーラがそれを聞き入れる訳もない。四度目の水責めが行なわれると、微々たる量の気泡しか生じず、痙攣する事さえ忘れてしまったようであった。


 身体を持ち上げてやると、舌をだらりと突き出して放心状態になっている。ドンシーラは背中に手を当てて、肋骨を広げてやった。肺が膨らみ、酸素を吸収出来るようになる。活を入れられて蘇生したイリスは激しく咳き込むのだが、人命救助の為にそんな事をするドンシーラではない。


 もっと、眼の前の、小さく弱い生命を弄ぶ時間を、長く続けられるようにしただけだ。


「たす、け……て……ディアナ……お、姉……ちゃん」


 そのか細い声を聞いて、ディアナが鼻を鳴らした。この期に及んで、まだ自分を信じたいような――或いは他に縋る人間が、これと言って思い浮かばないのか――イリスが、哀れに思えるくらいだ。


「カ、ルナ……さん……」


 そして次に呼んだのは、滝壺に落下した異国の旅人だった。

 これは更に、叶わぬ願いである。カルナは既に命を落としてしまっているからだ。


「随分と奴に惚れて混んでいたようだな。……安心しろ、すぐに合わせてやるさ、あの世でな!」


 ドンシーラはとどめとばかりに、イリスの頭をすっぽりと水の中に放り込んだ。肩口まで沈められており、そうなると自力での脱出は尚の事不可能になる。


 抵抗させるように力を緩める事もなく、ドンシーラはこれで、イリスを水死させてしまうつもりのようだった。


 そのイリスが、水の中で見ている景色は、日課のようになっている沐浴とは全く異なるものである。いつもは未知なる母の胎内のように安堵する場所が、酷く冷たい夜の果てであるように感ぜられた。だが、それを知らないイリスではない。物心付く前、ディアナによって拾い上げられる直前まで、赤ん坊のイリスはこの泉の水に体温を奪われ、命を落とす所であったのだ。

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