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少女遁走③

 イリスは不思議と、疲れを感じていない。

 地の魔装の力だ。これによって全身の力がアップして、男でも難しい戦車の操縦を容易くしている。


 そのようにして走り続けていると、太陽が一番高く上った場所から少しずつ傾き始める頃、視界の隅を深緑の海が掠めるようになった。


 河が終わっている。

 その代わりに、深く落ち窪んだ大地に生い茂る、広く、深い森の姿を、確認出来るようになった。


 盆地の手前は芝生になっているが、段々と短い樹が増えて来て、その地点を超えると背の高い樹が景色の殆どを覆うようになる。


 イリスは平地から逸れて、森へと続く土手へ進路を採った。

 戦車の後輪が宙に浮き、前輪が浮かぶ頃には車体が殆ど真後ろに傾いていた。


 イリスは地の魔法石がはめ込まれた左の手甲を抱き締めると、戦車の床面を蹴って車外に飛び出し、土手を転がり始めた。


 身体のあちこちが、樹の幹に激突しながら盆地の底へ、森の奥へと入り込んでゆく。それと同時に、イリスが乗り捨てた戦車も土手を転げ落ちて、その質量で木々を圧し折りながら、やがて停止した。


 どれくらい続いた分からない土手も、やがて終わる。イリスはひと際太い樹の幹に身体を丸めてぶつかってゆき、噎せ返るような土の匂いを嗅ぎながら漸く落下を終えた。


 魔装を使っていると言っても、慣れない事である、本来のダメージよりは軽く済んだが、全身を痛みに苛まれていた。


 その激痛を堪えて立ち上がると、木々の隙間から、戦車から降りたドンシーラたちが自分を追って土手を下りて来るのが見える。


 アムンから脱走したのが六人、明け方の戦いで撤退したのがドンシーラ含む八人。

 その内、左右の腕を砕かれた双剣使いと、見せしめとしてカルナの前に呼び出されたハンマー使いは、ドンシーラによって殺されている。

 イリスによって、小便をしていたのを河に突き落とされたのがおり、戦車ごと、やはり河へ落とされたのが二人。

 ドンシーラを入れて九人。その内の一人は、長柄の槍を持っている。

 そこに、イリスやカルナを裏切ったディアナがいて、敵は全部で一〇人だ。


 イリスは手甲を抱えて、敵から逃げるという強い思いで魔装を発動させ、森の奥に駆け込んだ。


 ドンシーラたちは、イリスが薄暗い森の中に消えてゆくと、その表現の通り、彼女をすぐに見失ってしまった。


「ど、ドン、ここは魔界ですぜ! 何がいるか、分かりやしねぇ……」


 部下の一人が、恐る恐る言った。


「心配する事はないよ」


 そう言ったのはディアナだ。


「この森には魔族なんか棲んじゃいない。あたいが奴らに取り入るのに使ったオークは、魔装の修理をドワーフ共に依頼する時の為に、捕獲していたものだからね。それに、あの子の行く場所なら分かっている……そっちに先回りするよ!」


 ディアナは野盗たちにてきぱきと指示を出した。イリス程ではないが、この森の事を分かっているのだ。


 その様子を見て、ドンシーラが低く囁いた。


「ふふふ、頼もしいな。まるで親分気取りだ……」


 そう言われ、てっきり褒められたと思ってにこやかな顔を浮かべるディアナ。

 しかしドンシーラは、そのディアナの腹を蹴り飛ばし、近くの樹の幹に背中を打ち付けさせた。


「ど……ドン……?」


 ドンシーラは戸惑うディアナの頭を、ハルバードを持たない左手で掴み上げると、顔を近付けて、先端が二つに割れた舌と、黄色く尖った牙を剥き出した。


「一丁前の口を利くなよ、牝豚が。てめぇの主人(あるじ)は、このドンシーラさまだって事を忘れるな。この俺がいなけりゃ、お前なんか、身体を切り売りするしか能も価値もない存在なんだからな」


 ふん、と乱暴にディアナを解放するドンシーラ。


 ディアナは不服そうな顔をしながらも、ドンシーラには逆らえない事を知っている。立ち上がると、イリスを追って森へ分け入ってゆく。

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