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少女遁走②

 戦車の操縦は、地面と平行になっている板の、前寄りの部分に設置された、足元のペダルと、右側のハンドル、左手のレバーで行なう。


 ペダルを踏み込むと、板の下に内蔵された複数の歯車が連動し、左右に伸びるシャフトを回転させて車輪を動かす。床から突き出した棒の上に、小型の舵輪が取り付けられていて、ここから上に伸びる取っ手を掴んでシャフトを左右に動かす事が出来た。レバーは前後に動かす事が出来、走る時には前にやり、バック走行時には手前に引く。


 現代で言うブレーキのようなものはなく、走行をやめる時には、ペダルから足を離して速度を落とし、ハンドル操作と体重移動で車輪の動きを止め、最後にレバーを戻す。


 イリスは殆ど感覚でこれを理解し、ドンシーラたちから逃げるべく、戦車を駆使した。彼女を追う野盗たちは、イリスが初めての操縦でここまで戦車を扱える事に驚いていた。


 イリスは、右手を流れる河の方向に逆らうように、戦車を進めた。その先にはカルナがアムンにやって来た時に使った盆地の森があり、ドンシーラたちをここに誘い込めば、森に慣れた自分がアムンに帰る時間を充分に稼ぐ事が出来ると考えたのだ。


 帰る――


 しかし帰って、どうするのだろうか。


 カルナはもういない。もう、まともにドンシーラたちと戦える人間はいない。

 祖父も殺されてしまった。多くの人たちが死んだ。


 そんなアムンに戻って、ドンシーラたちに立ち向かう事が果たして出来るのだろうか!?


 イリスの不安を引き裂くように、風が唸った。

 咄嗟に振り向いたイリスの頬に傷を付けながら、盾の内側に一本の矢が突き立った。


 走行する戦車の背面はがら空きである。後ろを見せていては、すぐに矢に射抜かれる。


 今のイリスはデルタグランドの魔装で身体を強化しているが、だからと言ってあらゆる攻撃を無効化するという訳ではない。走行中の戦車から放たれる、十二分に加速した矢であれば、屈強という訳ではないイリスが強化された程度の肉体なら貫通するだろう。


 イリスはハンドルを左に回してお尻を移動させ、車体をそちらに傾けると、僅かに浮き上がった右の車輪が接地する瞬間、レバーを後ろに下げた。これで、前面の盾を、追い駆けて来るドンシーラたちに向けながら逃げる事が出来る。


 又、盾の内側に、戸板の上に顔を出す際に足掛かりとする突起があるが、ここにディアナから奪い取った鎧を引っ掛けた。充分に磨かれた鎧は鏡の役割を果たし、イリスに背後の光景を確認させた。


 これで、ドンシーラたちの姿は見えなくなったが、矢に襲われる事はなくなった。イリスは鎧の表面に映る光景に従って、巧みにハンドルを操作し、盆地の森まで移動してゆく。


 正面にしている盾の向こうから、がつっ、がつんっ! という音が聞こえる。矢が放たれ、突き刺さっているのだ。


 暫くバック走行を続けていると、左右に回り込んで来る戦車があった。バック走行ではどうしても速度が落ちてしまい、その落ちた分を、敵の戦車が詰めたのだ。


 イリスを含む三台の戦車が、ほぼ平行に並んだ。そして横の二台の上に乗る野盗が、少女目掛けて弓を引いている。その表情は敵対する戦士に向けるものではなく、必死の抵抗を見せるも弱々しい兎や鼠に見せるものであった。


 矢が放たれる。


 寸前、イリスは思い切って、レバーを前に倒した。バック走行から正面への走行に切り替わり、追って来るドンシーラたちの戦車に向かう事になる。しかしお陰で、左右から自分を挟もうとした矢から逃れる事が出来た。


 そして瞬時にレバーをバック走行に戻すと、舵輪を右方向にぐるぐるぐるぐるぐるぐる回しながら、ペダルをぐっと踏み込んだ。


「わぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!」


 戦車が回転しながら、左側の戦車に向かって突撃してゆく。イリスのやぶれかぶれの回転突撃に戸惑った野盗は、その突進を無防備なまま受けて車輪をスリップさせ、そのまま河の中に落下した。


 イリスは自分もあわや河に落ちる直前、舵輪をそれ以上の力で逆方向に回転させて落下を防ぐと、レバーを前進に入れ直し、右側から迫っていた戦車の後ろを通って、外側に抜け出した。


 その光景を見て、ドンシーラは笑い声を上げた。


「大した度胸だ。ああいう女こそ、嬲り甲斐があるってモンよ!」

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