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英雄の死①

 ディアナは戦車に揺られながら語った。


「町を守る為、あの女騎士さまに憧れて修行の旅に出た私たちは、一四大国の中でも軍事力に優れたカラジャナ独立国へ向かった。常に戦力を募集し、軍事大学を中心とした経済基盤を持つカラジャナで戦闘技術や作戦立案について学び、一時期はカラジャナ軍人として戦場に出た。


 でも軍を辞め、アムンへ戻って来る途中、私たちは魔族の大群に襲われた。私を庇って、みんなは死んでしまった。残った私はオークに囚われた……運良くクライス公国の兵団に助けられ、静かで平和な農村で療養していた私だけど、オークの手籠めになった私は村の人たちから軽蔑の眼で見られ、この身体を売って生活するしか出来なかった。その事が益々他の人たちからの視線を侮蔑的なものに変えた。村で疫病が発生したとなれば私の所為にされ、石もて追われる事になった……。


 そんな町に残った物資を奪い取ったのが、ドンたち。私はドンに助け出され、カラジャナで得た技術を活かして、斥候としての働きをするようになった。あの女騎士さまがそうであったように、女は、女というだけで男を骨抜きに出来るし、女を安心させられる。それを利用して、村や町の実情を探り、ドンたちに知らせる役目を担うようになった。


 ……イリス、私は、ドンたちと行動を共にするようになって、はっきりと分かったんだ。争いのない場所なんてない、不戦の誓いだとか、身分のない場所なんて綺麗ごとを、心の底から信じている人間はいない。だからアムンの町も、私の故郷も、私が経験した事を知れば同じように軽蔑する。平和の名の下に、異端な人間を決して許さない、壁の内側に閉じ籠った臆病者の集まりに過ぎないんだって……」


 イリスに背中を向けたドンシーラでさえ、肩を小刻みに振るわせるような語り口調であった。

 イリスは涙を滲ませて語るディアナが、自分の故郷にした事は許せないと思いつつも、彼女が味わった苦しみや絶望、その大きさを考えると、責める言葉さえなくしてしまいそうであった。


「ディアナ……お姉ちゃん……」

「――なぁんって、()()()()()!」


 ディアナは舌をべぇーっと突き出して、言った。その後ろで、ドンシーラが豪快に笑い出す。


「ったく、お前の口八丁は相変わらずだぜ。流石、娼館では男に触りもしねぇで満足(イカ)せちまうと大評判の高飛車女だっただけあるなぁ」

「あはははっ、だろう? こういう話をしてやるとさー、莫迦な男ってのは同情して幾らか多く包んでくれるもんでねぇ。それが堪らなく面白くってねぇ、一山幾らの娼婦たちとは違う舌の遣い方が出来るようになった訳さ」


 ディアナとドンシーラは大声で笑った。涙を浮かべていたのも、肩を震わせていたのも、ネタばらしをした時にイリスが見せるであろう反応を想像して、笑いを堪えていたからなのだ。


 イリスは、怒りとも、哀しみと、呆れとも違う、それらが入り混じって表現出来なくなった、酷く空虚な感情を胸に灯した。例えどんな目に遭ったとしても、姉の口から、他人を愚弄したり、騙したりする言葉が出る事が信じられなかったのである。


「どうして……お姉ちゃん、どうしてそんな風になっちゃったの!? お姉ちゃんはそんな人じゃないよ……」

「どうして? どうしてって、そりゃあ……」


 ディアナが言い掛けた所で、戦車が止まった。


「ドン、到着(つき)やしたぜ」


 戦車を操縦していた男が言った。


 ディアナがイリスの服の襟を掴んで戦車から投げ落とし、自分も地面に降りる。それに続いて、ハルバードを担いだドンシーラが地上に降りた。


 後続の戦車も停止しており、嬲り尽くされたカルナを盾から降ろしている。

 手足の杭を抜くのではなく、腕や脚を引っ張って杭から手足を抜くのである。左手は親指と人差し指の間が、右手は中指と薬指の間がぶっつりと裂け、右の足を突き抜ける孔が空き、左足からは骨をごりごりと砕く音の後に、赤い肉が剥き出しになった。


 立つ事も出来ないカルナが、二人の野盗に蹴り飛ばされながら、芝の地面を転がされてゆく。


「カルナさん! やめてよ、もう、酷い事しないで!」


 イリスが、カルナに対する余りにも残虐な扱いに、声を嗄らすようにして叫んだ。

 ディアナの話に聞き入っていたからだろうか、イリスはここに来て初めて、


 ごぅ……

 ごぉぉぅ……


 という巨大な質量の唸りと、高地特有の這い上がる風を認識した。


 マクール高原から北へ進んだ先に、大きな河がある。その河の先に、急角度で落下する高い崖があり、大量の水が轟きと共に形成する滝があった。

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