破戒戦士③
ディアナの剣が、カルナの背中から引き抜かれた。
さしものカルナも、背中から、正面まで剣を貫通させられて、何でもない顔をしていられる訳ではない。
胸の孔から血をこぼしながら足元をふらつかせると、黒い棒状のものが地面から這い上がって来て、顎をしたたかに打ち上げた。
天を仰ぎ、大の字に地面に転倒するカルナ。
太陽の光を遮ったのは、ドンシーラの顔であった。
「惜しかったな、坊ちゃん」
ドンシーラは、カルナによって砕かれたと思われた下顎を開いてみせた。上下にではなく、下顎が独立して、左右に広がってゆくさまを。
ドンシーラは黒い魔装の影響で、肉体が別のものに変化している。自分の口よりも明らかに大きなものを丸呑みする蛇の、下顎の骨が左右に開く構造まで、手に入れているようだった。
そのフレキシブルな関節のお陰で、カルナの蹴りで顎を砕かれずに済んだのだ。
そしてもう一つ、ディアナの――アムンでは決して見せなかった残忍な表情が、逆さまにカルナを見下ろした。
「あたいの事を小ばかにするから、こんな事になるのさ。……舐めるんじゃないよ、このあたいを!」
一人称も、口調も、それまでのディアナとは一変していた。そうしてカルナの顔面を、強く踏み付ける。
それに一番驚いているのは、イリスだ。イリスは、ディアナが剣を向けたのがドンシーラの部下たちではなく、カルナである事に気付いて声を上げた。しかし、ディアナがカルナに襲い掛かろうとしているという現実を、頭の中で受け入れる事が出来ず、カルナの名前を呼ぶ事が精いっぱいであった。
「何で……? どうして? ディアナお姉ちゃん!」
イリスが漸く、声を取り戻して叫んだ。
ディアナはイリスの方を向くと、眼を猫のように吊り上げ、赤い舌を出して唇を舐め上げる、イリスの記憶にある姉であれば決して作らない下品な表情を見せた。
そのディアナの腰を、ドンシーラの手が抱き寄せる。
「ケリはついた。約束通り、その娘以外は、殺せ」
ドンシーラは部下たちに命じた。
野盗たちは、自分たちが好きに出来る玩具がなくなる――それ以外の躊躇いを欠片も見せず、団長の命令に従って刃を振るった。
殴られて膨らんだファイヴァルの頭が、ごとりと地面に落ちた。
頭のてっぺんに刀を振り下ろされて、パーカロールは眼球を血液ごと飛び出させた。
シグサルァは、咽喉に刃を上にした剣を突き立てられ、顎から頭頂までを断ち割られた。
あっと言う間に無残な死を迎えた仲間たちに、イリスは涙を出す事さえ忘れた。
哀しみも憎しみも覚える間もなく、力なく座り込むイリス。
彼女の姿を一瞥して、ディアナはドンシーラに訊いた。
「で? この男はどうするの?」
「念には念を、だ。徹底的にいたぶって、殺してやろうぜ。おい、てめぇら!」
野盗たちによる残酷が、カルナを襲った。
野盗たちは斃れ伏したカルナを踏み付け、けたぐり、投げ飛ばした。
腕や脚を圧し折ってしまうと、拳を握る腱を断ち切った。
口の中に短刀を入れて、頬を耳まで裂いてやったりした。
眼を抉ったり、睾丸を潰したりも出来たのだが、そこまではやらなかった。カルナには、自分の身体がなすすべもなく蹂躙されるさまを自分の眼で確認し、生存本能によって惨めに精液を垂れ流した事を認識して貰いたかったからだ。
一頻り彼を弄ぶと、ドンシーラの命令で移動を開始した。
二台の戦車を横に並べ、両腕を広げさせたカルナの手を、左右の戦車の盾に杭で固定する。
脚も同じように広げさせて、足の平を前に出させるように足首をひねり、杭を打った。
二台の戦車の間に大の字で磔にして、ドンシーラ一味はカルナを運搬した。
ドンシーラとディアナ、イリスを乗せた戦車が先行している。イリスに、カルナの姿を見せ付ける為だ。
「勿体ないねぇ。せめて一度くらい、抱かれたいと思うような男だったのに……」
ディアナは言葉とは裏腹の、ご機嫌そうな顔で、カルナの姿を眺めていた。
「……貴女は、誰なの……? 貴女はディアナお姉ちゃんじゃない……」
イリスが訊いた。
するとディアナは、イリスの肩にぽんと手を乗せ、顔を寄せて、優しい口調で言った。
「私はディアナさ、貴女の良く知っているディアナお姉ちゃん……」