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破戒戦士②

「あいつはもう、右腕が使いものにならなくなっていた。そんな部下、要らんだろう」

　ドンシーラは地面に落ちたハンマー使いの頭を、道端のゴミでも除けるように横に蹴り飛ばした。

　人の命を平然と奪い、その遺体さえもぞんざいに扱って、徹底的に人間の尊厳を貶める男に対し、カルナの怒りは爆発寸前であった。

「もう一度、言わせてくれ」

　カルナはドンシーラを指差して、血を吐くような声を絞り出した。

「お前は殺す……」

「お坊ちゃまが。いちいちそんな事を、指差し確認しなくちゃいけないのか？」

　カルナを嘲るドンシーラは、それと共にハルバードを繰り出した。

　鋭い突きが、カルナの胸を狙って突き出される。

　これが普通の槍であれば、穂先の根元を手で弾く事も出来るのだが、このハルバードには斧が取り付けられており、部屋に触れればこれによって傷を負わされる。

　カルナは地面を蹴って後退しながら、次の瞬間には斜め前へと駆け出している。

　ハルバードが横薙ぎに振るわれた。

　カルナはジャンプして、柄を飛び越えるようにして斧を躱した。

　後退した地点から前方に向かって、くの字を描いて跳躍したカルナは、ハルバードの間合いを越えて、剣であれば切っ先が届く距離まで近付いている。

　ドンシーラはハルバードを突き出した右手を、穂先の方へスライドさせ、腰を切る力で石突をカルナに向けた。

　石突の鎌を、身を伏せて避けるカルナ。しかもこの時、カルナは回転しながら落下しており、低地からの後ろ回し蹴りが、ドンシーラの下半身に迫った。

「うぐっ……」

　石突を地面に振り下ろして、カルナの蹴りから距離を置くドンシーラ。

　立ち上がったカルナは一息に間合いを詰めようとするが、その足を止めた。

　横手から、矢が飛来したのである。これが、カルナの足の前に突き立った。

「卑怯者！」

　ディアナが叫んだ。

「手を出すな！」

　ドンシーラも、この加勢は望んだものではないらしかった。

「カルナくん、私があいつらの相手をするわ！」

　ディアナはそう言って剣を抜いている。

　カルナは答えなかった。

「こいつを殺すのは、俺だ！」

　ドンシーラが吼えた。

　ハルバードを構えて、突撃する。

　今度は初めから、左から、横薙ぎに斬り付けて来た。

　かと思うと、カルナの寸前でぱっと跳ね上がり、右肩に斜めから喰い込ませるよう振り下ろす。

　カルナは斧を、両手で挟んで受け止めると、両足を浮かせて柄に絡み付かせた。そのまま腰をひねって身体を持ち上げ、ハルバードの上に立ってしまう。

「こいつっ……」

　と、言い掛けるドンシーラの顔に、右のローリングソバットを奔らせた。革のブーツの底が、相手の男の、鼻の骨が折れたのを伝えた。

　蹴りの勢いでハルバードから飛び降りつつ、初めのソバットの軸足となっていた左足を、ボレーキック気味に叩き付ける。ドンシーラの顔が歪んで、その口から歯が何本か飛び出した。

　それでもまだ倒れないドンシーラの前に着地すると、右足を、垂直に鋭く跳ね上げた。

　ぱかっ！

　カルナの胴体と、ほぼ平行に持ち上がって空を睨んだ爪先が、ドンシーラの顎を打ち上げていた。下顎の骨が、真ん中から分断されたような間抜けな顔を、太陽が見下ろしている。

　この蹴上げを行なった右足を、今度は斧のように振り下ろした。ドンシーラの左の鎖骨から、肋骨を二本から三本は折るくらいまで、踵が深くめり込んだ。

　左足で地面を蹴って、ドンシーラの胸を打ち、右足を引き抜くと共にバック宙して距離を取るカルナ。

「最後にもう一度、言う。お前を殺す」

　両手の指先を揃え、乳房の位置にやり力を蓄えると、蛇を喰らう鷲の爪先の如き勢いを身体に蓄えて、ドンシーラ目掛けて突進した。

　貫手が解放されれば、ドンシーラの肋骨の下から肉の内側に潜り込み、肺を強打する。

「カルナさん！」

　イリスが呼んだ。

　異国の強者の勝利を確信した喜びの声ではなく、切羽詰まった様子が伝わった。

　カルナが、貫手を繰り出す瞬間、動きを止めた。放ち掛けた両手の間から、銀色のものが、赤い液体を搦めて飛び出している。

「いいえ、私が、貴方を殺すわ」

　カルナの背後に駆け寄ったディアナが、酷薄な笑みと共に、剣を突き刺したのであった。