破戒戦士①
ディアナが操縦する戦車が停止し、カルナが前面の盾から飛び降りた。
そうして、殆ど無防備な立ち姿で、ドンシーラ一味に歩み寄ってゆく。
その後ろを、ディアナが付いてゆく。
「てめぇら、お楽しみはお預けだ。お客さんを歓迎してやりな」
ドンシーラが言うと、最初の戦いで引き上げた射撃隊の面々、合わせて三人が、弓に矢をつがえてカルナに狙いを付けた。一方、アムンから帰還した者たちはカルナの怖さを知っており、射撃隊の背後に隠れるように移動する。
「カルナさん……」
イリスが、初めて会った時と変わらぬ様子で近付いて来る男の名を呼んだ。
その顔には、怒りも闘志も感じられない。柔和な、陽射しのような温かい感情が浮かんでいる。
そんなカルナに向かって、三本の矢が同時に放たれた。
カルナはこれを苦もなくキャッチしてしまうと、左手で三本の矢を纏めて持ち、縦にして、右脚を振り上げる動作をした。何かと思っていると、カルナが左手に持っていた矢が三本とも、斜めに切り落とされてしまっていた。
それだけの威力の蹴りだ。
速度は勿論の事、身体の柔軟性あってこそ、左手に持ったものに対して右の蹴りが十二分に威力を発揮する。
手に残った矢を放り投げて、歩みを再開するカルナ。
射撃隊は次の矢をつがえようとするのだが、これをドンシーラが止めた。
「矢を無駄にするんじゃねぇ」
ドンシーラは黒いハルバードを肩に担いで、カルナと向かい合うようにして歩き出した。
二人は、ハルバードの間合いよりも遠い位置で、足を止めた。
「わざわざ追い駆けて来たのか、ご苦労な事だ」
「彼女たちを返して貰おうか」
「お前が欲しいのは、こいつじゃなかったのか?」
黒い魔装を見せ付けて言うドンシーラ。
カルナは頷きながらも、静かな口調で言った。
「その魔装も、イリスちゃんたちも、取り戻す。その為に来た……」
「出来るかな?」
「出来るさ。あんたは人間じゃない。殺してでも奪い返す」
カルナはドンシーラを指差し、告げた。
それまで、出来る限り殺人を回避しようとしていたカルナであったが、このドンシーラに対しては誓いを破る事を既に決意していた。そもそも、アムンに不戦の誓いを破らせた自分が、こうした場面に於いて不殺の誓いを守ろうとする事が、おこがましい話である。
「本性を現したな。大層な綺麗ごとを並べていたようだが、お前も結局、俺たちと同じだ。他人を殺して、ものを奪う事を悦びとする……」
「否定はしないさ。それが俺の、本性である事を……」
カルナは衣を取り払った。
柔らかい筋肉を纏わり付かせた身体が、風に晒される。ピンク色の張り艶を持つ、若く、瑞々しい肉体が、不殺というリミッターを外した時、どれだけの破壊力を発揮するのか、それは未知数であった。
「ふ……益々気に入ったぜ、お前の事をよ。おい、てめぇら!」
ドンシーラは、部下たちに命じて、イリス以下の女たちを連れて来させた。
そして、ドンシーラとカルナが対峙する場所から、少し離れた地点で、彼女たちを地面に座らせる。
カルナは、座らされ、並ばせられた四人を見て、眉根を寄せた。特にファイヴァルは、元の顔が分からないくらいに殴打を受けていた。女を、そんな痛ましい姿に変えてしまうドンシーラ一味を人間とみなし、殺すまいと尽力していた自分が、莫迦らしくなる。
「一対一だ……」
ドンシーラが言った。
「奴らには手を出させない。お前が勝ったら、女たちは返してやる」
「そんな言葉が信じられるものか」
「疑い深いねぇ……」
「お前の魂胆は分かっている。俺が勝ったとして、お前が死ねば、彼らは約束を反故にするだろう。お前の命令で彼女たちを解放させるとしても、お前は生かして置かなければならない。そういう事を考えている」
「そうだと言えば、命だけは助けてくれるのか? 違うだろう?」
ドンシーラは不敵に笑うと、部下の中から一人を呼んだ。それはハンマー使いの男だった。
そうして近付いて来たハンマー使いの男の首を、ドンシーラはハルバードで刎ねてしまった。
頭を失くして、地面に倒れ込む骸。
切断面から、滝のように赤い血をこぼす男を見下ろして、カルナの中で又もやドンシーラへの憎しみが強くなった。
「こいつで信じちゃあ貰えんかねぇ」
悪びれもせずに、ドンシーラは言った。