追放②
カルナは轍の跡を辿って歩いている。
歩いていると言っても、その歩みは速く、並んで歩いているつもりになっているとあっと言う間に置いていかれてしまいそうだ。
道に残った轍の跡は、ドンシーラ一味の戦車の跡だ。
アムンに向かうものもあるが、アムンから離れるものと区別するのは難しくない。
少なくとも途中までは、マクール高原へと引き返すルートを使っているようであった。
カルナは、ドンシーラ一味を滅ぼすつもりだった。
その理由は、二つ。
一つは、ドンシーラが持つ黒いハルバード型の魔装を取り戻す事である。
ドンシーラがどうして、あの魔装を持っているのかは分からない。しかしあの魔装が、自分が求めるクラウンクラスの魔装、セヴンズ・トランペットである事は紛れもない事実であった。
自分が魔装を求める訳を説明して、渡してくれるようなドンシーラではない。若しどうしても奪い取らなければならないとしたら、それは暴力に訴える他にないだろう。
もう一つは、これも自分の為だが、アムンへの罪滅ぼしの為だ。
ドンシーラ一味は、遅かれ早かれ、アムンへ侵攻しただろう。だが、ジルダを撃退した事が、この時期に襲撃させる要因となった事は疑いようがない。
結果的に、カルナにその責任があると言っても構わないと、カルナ自身が思っている。
その贖罪になり得るのは、彼らを壊滅し、アムンが通常通り、交通や貿易の要衝として機能するようにする事だと考えていた。
又、連れ去られた女たちを助け出さなければいけない。彼女らも、自分の所為で連れてゆかれた。
何より、イリスだ。イリスは、見知らぬ人間が溺れているように見えたら、すぐに助け出そうとする心優しき少女だ。自分のような怪しげな人間にさえ微笑み掛け、そして明らかな邪悪には敢然と立ち向かう勇気を持っている。
そんな彼女が、悪意の化身のようなドンシーラたちに弄ばれる事を考えると、我慢ならない。
そうした理由から、カルナは、ドンシーラ一味を滅ぼす事を決意して、彼らの後を追っていた。
マクール高原に引き返したとしたら、自分の足であれば半日くらいで済む。太陽が真上に上る頃に、戦いを始められると考えていた。
冷静な顔の下で、沸々と闘志を噴き上がらせながら進むカルナ。
するとその背後から、地面を削る音を立てて接近するものがあった。
振り返ってみると、ドンシーラ一味が残して行った戦車が一台、こちらへ向かってやって来る所であった。
カルナは警戒しつつも、戦車から敵意がない事を感じ取ると、横に退いた。そのカルナの隣に、戦車が停止する。
「ディアナさん……」
「歩くの速いなー、君は。馬並みだよ、馬並み。……それと、一人だけ格好を付けて出て行っちゃうなんて、狡いぞ?」
ディアナはカルナを車上から見下ろして、ぱちりと片眼を瞑った。
鎧を身に着けている。
「どうして?」
「もう、町にはいられないからね」
寂しげに、ディアナは笑みを浮かべた。
カルナと共に裏切り者の烙印を押されたのである。カルナは異国の人間であるから仕方ないにしても、ディアナは元々アムンの出身だ。却ってその感情は、カルナに対するものよりも大きい。
「行くんでしょ、ドンシーラたちと戦いに――」
「ああ……イリスちゃんたちを、取り戻しにゆく」
「……だったら、目的は一緒ね」
ディアナは親指を立てた拳を、手前にくぃっと持ち上げた。戦車に乗れと言う事だ。
ドンシーラ一味がやっており、カルナもジャスクと共に乗り込んだが、この戦車は二人以上で使用する事が前提になっている。操縦士は身を守る都合上、盾の上や横に顔を出す事が出来ず、細い覗き穴から前を見るしか出来ない。なので、危険に身を晒しても、周りの状況を操縦士に教える役割を担うもう一人が必要なのだ。
ディアナは、ヘキサウィンドの魔装で盾の向こうの様子を観察していたのだが、それよりも生の眼を持った仲間がいた方がやり良い筈であった。
「……良いのかい」
カルナが訊いたが、ディアナは何の事か分からないような顔だ。
小屋の中で迫られた事が尾を引いているカルナであったが、存外、ああいう事を女性は気にしないようであると聞いた気がした。
「いや……何でもない。ゆこう、ディアナさん、みんなを助けに」
カルナは戦車に乗り込んだ。
ディアナが、ペダルを踏み込んで戦車を発進させた。
夜明け前が一番暗い――その時間が終わりを迎えようとしていた。
広大な平野の果てから、白い光が滲み出している。