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追放①

 カルナは沈黙を守ったまま、住民たちが投げ付ける石を受けていた。


 身体の何処に当たっても平気であるかのように振る舞っているが、それがディアナにまで及ぼうとすると、身を挺して庇っている。


 ジャスクやガバーレなど、ダイパンに賛成し、カルナを受け入れた者たちは町の人たちに投石をやめるように言うのだが、それでも彼らは収まらない。


 裏切り者――と言うよりは、初めから自分たちをたばかる為に町に侵入した二人を、信頼してしまった事を恥じ入るように、追放を訴えていた。


「息子を返して!」

「つ、妻を、返してくれ……」


 そういう声があった。


 最初に言った女は、カルナの前まで歩み出て来て、彼の事を杖で打ち据えた。


 ダイパンと同じように脚が悪いのだろう。片脚を引き摺り、その機能を補う為の杖を、カルナの身体にばしばしと叩き付けた。


「あんたの所為で、ワライダが……」

「――」


 ワライダの母にぶつけるのを厭い、人々が投石をやめていた。


 又、ディアナの方には、やせ細った蒼白い顔の男が、ひゅーひゅーと精一杯の息を吐きながら詰め寄っている。その周りに、父が声を張り上げるのをやめさせようとする娘と息子がいた。


 ファイヴァルの夫であった。


 ワライダもファイヴァルも、町の人たちの避難誘導役をしていた為に、深手を負い、連れ去られた。その役目を担う事になったのは、戦士として立候補したからである。


 カルナがやって来なければ、そんな事にはならなかった。


 戦士たちの身内の中でも、特に身体が弱いこの二人にこうも言われてしまっては、ガバーレやジャスクであってもカルナたちを庇い切れなかった。


 ワライダの母と、ファイヴァルの夫が自分たちの意思の代弁者であると感じ取った人々は、怒りや憎しみを視線にとどめ、沈黙でカルナとディアナを圧した。


「婆さん、もうやめろ……あんたも、身体に障る」


 二人をカルナたちから引き剥がして、ジャスクが静かに言った。


 顔に苦汁を塗り付けたガバーレが二人の前にやって来た。

 血が滲む程、強く拳を握って、ガバーレは告げた。


「町から、出て行ってくれ……」

「そんな、ガバーレさん……」


 ディアナが反論しようとするのを、カルナが制した。


「分かりました」


 カルナはそう言うと、東門へ向かって歩き出した。

 自分がやって来た北の門でも、まだ見ぬ地へと続く西の門でもなく、東の門へと。


「ご迷惑をお掛けしました。ですがこの三日間、安らぎを与えてくれた事、感謝します」


 人波を掻き分けて、轍の痕が残る大通りの石畳に立ったカルナは、中央広場を振り返った。そうしてその場に両膝と、両肘、額を擦り付けて、そのように言った。


「うるさい!」

「何が感謝だ!」

「勝手に安らいでるんじゃねぇ!」


 頭を下げたカルナに、再び、暴言と石が投げ付けられる。

 その中で立ち上がり、背中を向けると、後頭部や肩、腰に、次から次へと石が投げられた。


 それらに打たれながら、カルナは東門へ進み、門の外へ踏み出した。


 少し歩いた先で、町のぐるりを囲む門を見上げ、唇を噛み締めると、もう振り向かずに歩を進めた。


 ――どうして、こうなる……。


 カルナの脳裏に、故郷の最期の光景が思い起こされていた。


 あらゆるものが、炎に包まれていた。

 人も、動物も、町も、城も、全てを、紅蓮の蛇が喰らい尽くそうとしていた。


 親。

 姉弟。

 師匠。

 友達。


 それら全てを否定された気分だった。


 吹き荒れる虐殺の嵐の前に、自分は何をする事も出来なかった。


 その時と同じ感情が、アムンの町に広がる火を見た瞬間、カルナの中に湧き上がった。

 そして、人々に嫌悪の言葉を投げ掛けられた時、カルナは屈辱の記憶を思い出した。


 “裏切り者め!”


 町でのものと同じ言葉を、自分は受けた事がある。


 そのつもりはないのに、親しい人を裏切ってしまった――


 同じだ。


 日頃の鍛錬により、平生を保つ事が出来るカルナであるが、その実、彼の脳は激しく動揺していた。


 鍛錬を積んでいない人間であれば、極寒の地で、暖炉の傍を離れて屋根の下から出た時と同様に、心臓が強く脈動し、眼を開けたまま死んでしまいそうなくらいだ。


 ――どうして、こうなってしまうんだ……!


 カルナは道の途中で立ち止まった。


 地面に、矢が突き立っている。町の壁から、放たれた矢だろうか。

 枯れた木の枝を、粗く削り、先端に尖らせた石を括り付けただけの、即席の矢だ。


 自分が来なければ、町の人たちは決して、弓につがえる事がなかったであろう矢。


 カルナはこれを引き抜くと、自分の太腿に叩き付けて、真っ二つに圧し折った。


 その額に、皮膚を突き破らんばかりの、太い血管が音を立てて浮かび上がるようであった。

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