疑惑②
カルナという異邦人――
そもそもこの男は何者なのだろうか。
それは、ダイパンによって紹介された時から、町の人全てが抱いていた疑問だった。
指導者的立場であるダイパンや、その孫娘のイリスが、暴漢に襲われている所を助けられたという話は、その場に実際に居合わせた者もおり、知っていた。
だが彼が何処から来た何者であるかは、誰も知らない。
そんな男に、間近に迫っている危機から町を守って欲しいとイリスが頼み、これを町の人たちに広める事をダイパンが許可した。
だからと言って、すぐにカルナを信じる事が出来るものだろうか。
町にやって来て一日も経たない内に、古老ダイパンとイリスの信頼を勝ち取り、町を守るという名目で人々を操作した。
そうして一旦、ドンシーラ一味を撃退して、盗賊を虜囚としつつ、町の人からも信用され、油断している隙に、逃げ場のない内側から崩壊させる事を狙った――
そのように考える者が、いたらしかった。
「誰だ!? 誰が今、そんな事を言いやがった!」
これにジャスクが激昂した。
「この人がそんな悪人に見えるのか!」
ジャスクは一度、カルナと剣を交えている。その時に、カルナの持つ精神性の高さを実感している。
例え練習であっても、仲間を傷付ける事はしたくない。敵であっても命を奪う事はしたくない。その優しさが真実のものであると、ジャスクは知っている。戦士としての血が、彼に欠片の悪意もない事を見抜いていた。
「あんたも騙されてるんじゃないのか!」
「私、見たわ! 彼が盗賊たちを捕らえた家に入ってゆくのを」
「食糧を奴らに渡したって聞いたぞ!」
「脱走を手伝ったのも彼なんじゃないか!」
「だから、それは――」
ジャスクはカルナの無実を主張したかった。
しかし、倒した盗賊たちを生きたまま捕らえると言ったのはカルナであるし、彼らに食事を運んだのもカルナだ。
それだけならまだしも、彼らが脱走し、戦車をジャスクと共に追跡した時、敵戦車に飛び移って置きながら操縦士を止める事をしなかった。この事を、不意に気分が悪くなってと言っていたが、本当だろうか? そのように装って、彼らを逃がしたのではないだろうか。
ジャスクの中にも、そんな疑念が生まれてしまった。
ジルダがダイパンとイリスを襲い、その場に現れて颯爽と二人を助けたカルナ。しかしこれが、アムンに取り入る為の芝居であったと考える事は出来ないだろうか。
後は、人々の心を掌握し、町の配備の詳細を知り、襲撃時に再び芝居を打って、門の内側に盗賊たちを引き込み、情報を共有して、内部から壊滅させる事を狙った。
そう考える事が出来る。
それは違うとカルナが言っても、実際に町は大打撃を受けてしまった。又、やがてこのような状況になったとしても、今回、こうした事態に直面する事になった原因が、カルナがジルダを撃退してしまった事と無関係であるとは言えない。
「待って! みんな、落ち着いて!」
ディアナが声を上げた。
「今は、好き勝手に文句を言っている場合じゃない! こんな時こそ互いを信じ合って、協力して……」
「貴女も怪しいものよ……」
ディアナにまで、疑いの目が向けられた。
いきなりそのような言い掛かりを付けられて、ディアナは怒るよりも唖然としてしまう。
「何を言っているの……私は……」
「見たのよ、私、大浴場で。貴女の胸に、奴らの刻印があったわ!」
そう言われると、ディアナははっとしたように、服の上から胸元を押さえた。
カルナが思い出すに、ディアナの左胸の位置には、焼き印が押された痕があった。
その刻印と、戦車の前面に磔にされていた女たちの身体に刻まれていた印が、同じであったと言うのだ。
「これは……」
「出て行って!」
誰かが、そんな言葉と共に、石を投げ付けた。
これを契機として、カルナとディアナに、次々と石や割れたレンガが投げ付けられ始めた。
「出て行け!」
「ここからいなくなれ!」
「裏切り者!」
「詐欺師!」
カルナは投げられる石を避けもせず、額に掠められて血を流した。
流れ落ちた血が、左眼に入り込んで、頬に伝い、まるで血の涙のように、顎の先まで滴ったのだ。