炎の記憶⑦~老人の死と敗北~
「い、イリス、よしなさい!」
そう言ったのはダイパンだ。
大浴場の脱衣場に集まった人たちの前で、イリスは両手を広げ、盗賊の前に立ちはだかった。
その足は小刻みに震えており、噛み締めた唇も紫色だ。眼には涙が滲んでおり、どれだけ強い言葉と態度で臨んでも、彼女の内の恐怖を隠す事が出来ていなかった。
「出て行って! 出て行ってよ! 何でこんな事をするの!? 何であんたたちに、私たちの町が壊されなくっちゃいけないのよ!」
イリスは精いっぱいの勇気を振り絞り、叫んだ。
他の人たちがすっかり怯え切っている所から前に出る、これだけでも凄い事である。その上に啖呵まで切れるのだから、大したものだ。
「もう、うんざりなのよ! あんたたちには!」
「だったら死ねば?」
槍使いの男は短く吐き捨てると、腕を広げた少女の胸へ槍を繰り出した。
そのイリスを突き飛ばし、代わりにダイパンが、やせ細った胸に穂先を受けてしまう。
「お祖父ちゃん!」
尻餅を付いたイリスが、口から血をこぼす祖父に手を伸ばす。
ダイパンはイリスのぬくもりを求めて、皺だらけの手を伸ばそうとするのだが、槍使いの男はダイパンの遺体を天井に突き上げて、更に床に強く叩き付けた。
ばきゃっ!
全身の骨が同時に砕ける音がした。
それだけでダイパンは、物言わぬ肉の塊へと変貌した。
「ぎゃははははっ、もううんざりなんだろう? だったら死ねよ! そうすりゃ町がどうなろうと構わないんじゃねぇか!?」
槍使いの男は高らかに笑った。
他の者たちは、指導者的立場でもあった古老ダイパンが、余りにも呆気ない死を迎えた事をすぐには受け入れられず、言葉も失くしていたようだった。
「うわぁぁぁーっ!」
イリスが絶叫して、槍使いの腰に突撃した。だが盗賊は、少女のタックル程度ではこゆるぎもせず、鼠でも蹴り飛ばすように脚を振るった。
イリスの身体が床に転がる。
「なかなか骨がある小娘だぜ。こういう奴の方が、奴隷にしてやる時、しぶとく生き延びるんだよなぁ」
槍使いの男はイリスの身体を掴み上げると、当て身を喰らわせて気を失わせた。そうして彼女を戦車の内側に放り込んでしまう。
「腰抜けがよ」
それを見ても敵対しようとしない町の人々を嘲って、槍使いの男は戦車を発進させた。
大浴場から出ると、ディアナの戦車がやって来ていた。
ディアナが戦車から降り、剣を抜いている。
だが、戦車上から槍を繰り出されれば、リーチの面で明らかに不利である。
槍使いの男が乗る戦車の突撃を躱すだけで、あっさりと逃亡を許してしまうディアナであった。
追い駆けようとするも、鉄球使いの男との戦いのダメージが思いの外大きく、戦車に乗って追い駆けるくらいしか出来なさそうであった。
三台の戦車が、門の前で合流した。
ハンマー使いの男に代わって、操縦士が内側から門を突き壊し、戦車が通れる隙間を作って、外に飛び出してゆく。
壁の上で事の成り行きを見守っていたガバーレが、町の外へ出た敵戦車に向かって石や矢を放たせた。
戦車をバック走行にして、矢を放って牽制し、逃げてゆく敵戦車隊。
追撃する事も叶わず、結局、虜囚とした筈の一六人の内、六人に逃げ出され、町から女たちが四人、連れて行かれてしまったのである。