炎の記憶⑥~羅刹戦車~
ジャスクが操縦する戦車は、門へ向かう敵の戦車へと全力で走った。
だが、一定の動力しか発揮する事が出来ない戦車であるから、向こうが全速を出しているとすれば追い付ける訳がない。
カルナはジャスクにスピードを維持させたまま、盾の上に乗った。
高い壁の上で、恐怖に囚われずに片足立ちになれる精神性とバランス感覚の賜物か、馬より早い乗り物の、精々土踏まず程の幅しかない板に立ち上がって微動だにしないカルナである。
敵にとって良い的となるかと思われたカルナだったが、射掛けられた矢は彼の手によって容易く受け止められてしまう。時には、足指まで用いて矢を止めた。
正面へ逃げたのは、ハンマー使いが射手を務め、シグサルァが囚われた戦車だ。矢を両手に持ち、口にも咥え、戦車の前面で片足立ちになるカルナを見て、ぽつりと漏らした。
「化け物……いや、悪魔かよ」
あのような奇怪な絵画を見た事がある。髪を振り乱し、眼を見開いた鬼神が、武器や、血のしたたる死骸を持ち上げて踊っている絵だ。カルナの姿はそれに似ていた。
カルナは右手に持った矢を宙に放った。それは、ハンマー使いが弓につがえていた矢に、寸分違わず正面から突き刺さると、相手の矢を矢じりから真っ二つに引き裂いて、ハンマー使いの右手の先から腕の中頃まで食い込んだ。
「ぎゃあっ!」
悲鳴を上げるハンマー使いに気を取られた操縦士が、肩越しに後ろを振り向いた。その視界を掠めたのは、戦車の上に乗り矢を携える悪鬼の如き異邦人。
操縦士はハンドルを回して、戦車をその場で半回転させた。カルナたちの戦車に正面を向けて、バック走行で門まで逃げようという魂胆だ。
カルナは矢を投げて戦車の盾を貫通する事が出来るが、不安定な走行中の戦車からそれだけの威力を発揮する事は難しい。又、敵戦車の内側にはシグサルァもいる。
だが、バック走行は操作が難しいようで、スピードが落ちた。
ぐんぐんと二つの戦車の距離が縮まってゆき、盾と盾との間が人間二人分くらいまで接近した。
カルナが敵戦車に飛び乗った。驚くハンマー使いの男を殴打すると、操縦士の肩に手を掛けて、彼を引き摺り下ろそうとする。
だがその時、不意にカルナの動きが止まった。心臓付近を中心に、妙な熱が彼を襲ったのである。視界がぐにゃりと歪んで、足元がおぼつかなる。
この一瞬を狙って、右手を駄目にされたハンマー使いの男が怒りのパンチを喰らわせた。
カルナは地面を転がり、あわや車輪の下敷きとなる所であった。
敵戦車は再び半回転して正面を門に向け、スピードを上げた。
ジャスクは、地面に転がったカルナの横で戦車を止めた。
「センセ!?」
心配して声を掛けると、カルナは地面に両手を突いて上体を起こそうとするのだが、どうした事だろうか、起き上がれずに地に伏してしまう。
強烈な吐き気を催し、呼吸が乱れているのだった。
「奴を、追って……下さい……」
どうにかそれだけ言うと、ジャスクは頷いて追跡を開始した。
一方、呼吸を整えたディアナは残った戦車に乗り、カルナたちと同じく敵戦車を追った。
敵が三方向に別れたのと、カルナとジャスクの戦車が正面へ向かう戦車を追ったのを見て、ディアナは左側へ進路を採った。
ジャスクが言ったように、道は狭い。戦車が一台通るのがやっとだ。しかし角やカーブは殆どなく、突き当りまでは直進である。
ここで敵戦車は、逃げる先である筈の東の大通りへは向かわず、丁字路で左折した。
どうして急に北上を?
そう思ったディアナだが、はたと気付く。その先にはまだ火を放たれていない三つ目の大浴場があった。
大浴場ではお湯を沸かす都合上、大量の火種が用意されている。
特に北の大浴場は、その広さから人々の避難所として指定されていた。
ディアナの考え通り、槍使いを射手とし、パーカロールを捕らえた戦車は北の大浴場へ向かった。この地区の避難を担当していたモーバは既に命を落としている。代わりにレブーキスとフィーアが盾を持ち、避難した人たちの護衛に就いたのだが、戦車に激突されて盾ごと弾かれてしまった。
戦車は大浴場に飛び込むと、避難していた人々の前で槍をちらつかせた。
怯える人々の中から、一人、前に歩み出した者がいた。
「ここから、出て行って!」
毅然と言い放ったのは、イリスである。