魔装講義③
「七つ目……?」
「四大元素の魔装と、光の魔装があって、この光の魔装に疑似的な意思が宿る事は貴女も知っていると思う」
「ええ。その意思に選ばれなければ、光の魔装を使う事は出来ない。だから私は、選ばれる必要がないよう、四つの魔装を同時に持つ事で、一時的に力を中和し、光の魔装を再現しているに過ぎない」
「その光の魔装……オーブライトの魔装と共に、使用者が成長し、魔法石に更なるエネルギーが蓄えられると、光の魔力は明確な意思、人格を持つようになると言われている」
「人格!?」
「幻像召喚体――俺の国の言葉から近しいものを探すとすれば、ニルマーナやタルパ、アヴァターなどが、これに当たるだろうか」
「ニルマーナ?」
「ニルマーナというのは、精神の安定を極める事により、自分の精神から生み出される、別の人格を持った存在の事だよ。尤も、それは頭の中にしか存在しないけれど、この世界は全て観測者の心から創り出されるとされる唯識論に於いては、この世の一切がそのようなものであると説いている。タルパは似たような思想の、別の地域での言葉さ。アヴァターというのはアヴァターラ……化身の事で、大いなる力の主が、様々な現象となって人間たちに善い影響を及ぼす事、とでも言おうか」
「――良く分からない……」
「これについては哲学の話だからね……。で、そのニルマーナを形作る魔装が、第六の魔装だ。光の魔装に次ぐ魂の魔装、ソウルスプレッドの魔装と言った所かな」
「貴方が探している黒い魔装は、その、魂の魔装の更に上という事?」
カルナは頷いた。
「そしてドンシーラを見るに、その第七の、黒い魔装には、ああやって肉体を変化させる力がある……という事なのかしら」
「――詳しい事は、俺にも分からない。ただ、本当ならばあの男が持てるような魔装ではないという事だけは確かだ……」
カルナは腕を組んで、深く思案した。
詳しい事は分からない――というのは、やはり彼の嘘なのだろう。或いは本当であっても、カルナは他にも知っている事が幾つかある。ディアナはそのように感じた。
「それはそうと、ドンシーラがどう動くか分からない。明日にでも体勢を立て直して攻めて来るかもしれないからな。またイリスちゃんに心配を掛けてしまうから、早く家に戻った方が良い」
カルナはベッドから立ち上がって、ディアナの為に小屋の戸を開けようとした。
その手を、ディアナが握って引っ張り、カルナの身体をベッドに戻した。
そうして、彼の隣にお尻を移動させる。
「ディアナさん?」
「堅苦しい敬語はやめたの?」
「え?」
そう言えば、ドンシーラ一味との戦いの前までは敬語を使っていたのに、今は砕けた口調で話をしていた。
カルナはそれに気付いて謝ろうとするのだが、ディアナが彼の唇に指を当てて言葉をせき止めた。
「イリスなら心配ないわ。今日は町の人たちの宴会に付き合って、お給仕で疲れていたみたい。ぐっすりよ」
「――貴女も……」
「ん?」
「言葉遣いが、少し、昼間と違うね」
「そう? 女っぽい?」
「――」
「君と、そういう仲になりたいから、そういう眼で見て欲しいから、こういう喋り方にしたんだけど、嫌だった?」
ディアナは妙に艶のある動作で髪を掻き上げると、カルナの左側に身を寄せて、彼の左手を手前に引き、両手で握った。
カルナは右手をディアナの手に重ね、力を込めずに、自分の手から引き剥がした。
「俺は旅人です。いつまでもここに留まるつもりはありません」
「それは分かっているけど……でも、長い間、独りだったんでしょう。なら、ここにいる時間くらい、誰かを傍に置いても良いんじゃないかしら」
ディアナは貫頭衣の腰を括れさせている紐を抜き取り、裾を緩めた。これを止めようとするカルナを御して、ベッドの上に両脚を乗せた。
彼女から逃げようとするカルナの前にポジションを取り、その腰を片足に跨がせるディアナ。
胡座をしたカルナの膝の外側に、ディアナの膝が立てられて置かれている。
ディアナはカルナの頬を両手で挟むと、顔を寄せた。
ぼんやりとしたランタンの明かりの中で、二つの唇が重なってゆく。