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勝利の宴、戦いの美酒③

「全く、みんな、はしゃいじゃって――」


 中央広場に集められた戦車の周りで、その不可思議なものを観察する事を再開した子供たちを眺めながら、イリスが言った。


 女たちを磔にしていた戦車全面を、一度は洗い流しているが、そこにこびり付いた血痕や矢傷までなくなる訳ではない。それでも子供たちは、アムンはおろか、他の多くの国にも滅多に見られない構造のそれに、興味を惹かれているようであった。


「余程、珍しいんだろうね」

「あの戦車が?」

「うん。ああいうものを造るのは、ドワーフだろう」

「ドワーフ? って、魔族の?」


 ドワーフとは魔族の内、獣人(ビースト)の一種である。

 人間の半分くらいの背丈に反して、地面を引き摺るような長い腕を持っている。その長い腕の先に伸びる長い指は、驚く程の精密動作を可能とし、様々なもの作りに役立っている。


 このお陰なのか、獣人の中では知能が際立って高く、人間と交流するものも多い。彼らは主に集団で生活するので、ドワーフが働く工房などを所有している国や土地、個人もあった。


 彼らは普段使いの衣服や家具、食器、武器や防具、魔道具などの製造も手掛けているが、時にはこうした前衛的な乗り物を造る事もある。


 自身の内に動力を持つ車両は、まだ、この頃には殆ど発明されていなかった。少なくとも、牽引する馬や牛なしで、三人以上の恰幅の良い男性を乗せ、降りしきる矢や石を避けて自在に走行するようなものは。


「カルナさんは、色々な事を知ってるんだね」

「多少はね」

「やっぱりそれって、旅をしているから?」

「そうなるだろうな。一つの場所に留まっていては、知れないものもある」

「良いなぁ、良いなぁカルナさん」

「良い?」

「私も旅をしてみたいな。色んな所の、色んなものを、見たり聞いたり、してみたいや……」


 イリスは空を見上げて言った。

 遠い星のまたたきを掴むように手を持ち上げて、指を広げる。


「でも、外の世界は危険なのよね。あの森に魔族や、凶暴な獣が棲んでいないのが例外っていうだけで、本当はとても危険な場所なんでしょ? それに、ドンシーラたちみたいな盗賊や、戦争も……」

「危険と言うなら、何処だって同じさ。実際、あの壁だって、ドンシーラたちのような悪党は乗り越えたり、壊したりして、侵入して来る可能性はある。それに、使途(セイント)クラスの魔族……クライス公国に伝わるという魔龍ジャーガンなんかは、町を一つ覆い隠せる程の翼を持っていたらしいからね」

「怖い事を言わないでよぅ、カルナさん!」


 イリスはカルナを見上げて、頬を膨らませた。

 ごめん、ごめん、と言うカルナだが、怖がらせるつもりで言ったのではない。警告という意味では怖がらせる事になってしまったかもしれないが、事実を述べたまでだ。


「はぁ……でも、旅に出るのは、憧れるなぁ。私、この町の他には、あの森しか知らないから」

「一人旅は危険だよ」

「カルナさんだって、一人じゃない。……あ、でもカルナさんは強いから、平気なのかしら」

「強い?」

「うん。ねぇねぇカルナさん、私も、カルナさんの修行……タパスをやったら、強くなれる?」

「どうだろう。確かに、俺の拳法は腕力と言うより、感覚や呼吸、身体操作で戦うものだし、本来が護身と言うか、自分は勿論、相手の事も傷付けずに倒す技が多いから、小柄で力の弱い女性に適しているとは思うけど……それで一人旅が出来るように、自分の身を絶対に守れるだけの力が手に入るかは、断言する事は難しいな」

「もぉ、そこは強くなれる! って言ってよぅ。……そうじゃないなら……」


 ふと、イリスは声を小さくして俯きがちになり、彼女らしからぬ口籠った様子を見せた。

 カルナが不思議がって彼女の顔を覗き込もうとすると、イリスはぱっと彼から飛びずさり、首を横に振った。


「ううん、何でもない!」


 にへへ、と笑いながら、ぽっと桜色に染まった頬を、指で掻くイリスであった。

 しかしつぃと真面目な顔になると、イリスは言った。


「……カルナさんは強いから、あいつらを許してしまえるの?」

「あいつら? 今日、捕らえた連中の事かい」

「うん」

「別に許している訳じゃない。彼らは彼らの罪を贖わなければならない。彼ら自身にその意思がないのなら、誰かに使役されるという形であっても、人の生活の役に立つ事で心を入れ替えなくちゃいけない」


 カルナは、捕虜たちの門番に言ったのと同じような事を、イリスにも言った。


「イリスちゃんの……町の人たちの気持ちも分かる。それでも俺は、彼らのような人間からでさえ、命を奪いたくないんだ」

「どうして?」

「俺に、彼らを裁く権利がないからさ。……俺も、昔、悪い事をしていた時期がある。俺はどうしようもない悪人だった」


 イリスは信じられなかった。平和の町と言われるアムンにさえ、カルナのような好青年は多くない。


「そんな俺が、今、イリスちゃんに感謝されるような身の上になっているのは、俺が生きているからだ。俺を正しい生き方に導いてくれた人がいるからだ。だから俺は、信じたい。どんな悪人であっても悪事を悔いて、新しい生き方を踏み出す事が出来る事を。……俺がそうであるように。その為には、生きていなくちゃいけないんだ。そう思うから、俺は彼らの命を奪う事を、したくないんだよ」


 身勝手かな……と、カルナは自嘲気味に笑った。

 イリスは首を横に振った。


「そんな事ない。とても素敵な意見だと思うわ、カルナさん。カルナさんはやっぱり、素晴らしい人ね!」


 イリスは飛び切りの笑顔で、異邦人を讃えた。

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