勝利の宴、戦いの美酒①
「センセ、一緒に一杯、やらないか」
壁の上で胡座をして、火の呼吸を繰り返していたカルナに、同じ場所まで登って来たジャスクが言った。
明け方のドンシーラの一味との戦いを制したアムンでは、昼間から日暮れまで、宴のような状況になっていた。
昨晩は不安で震えていた人たちも、食事処に集まって酒や料理に舌鼓を打っている。
子供たちははしゃいで、大人から伝え聞いたカルナやディアナの活躍を真似して、遊んでいた。
カルナとの決着寸前、町の壁上からの一射や弾幕の範囲に踏み込んでしまったドンシーラは、これですっかり萎えてしまったようで、部下たちに撤退を命じた。
三機の戦車隊と、ドンシーラが乗る戦車が、倒れた者たちを置いて引き返してゆく。
「追い駆けよう」
と言うディアナだったが、他の戦車隊はまだしも、ドンシーラと同乗していた射手は健在であり、又、あれが全勢力であるかは定かではなく、二人だけで深追いするのは危険だとカルナは判断した。
戦慣れしないアムンの人々は、ドンシーラたちが撤退した事で、自分たちの勝利を確信して大層な喜びようを見せた。
カルナは、彼らがこれで終わる筈がないと考えていたが、町の人々の気持ちを削ぐような事をして、それが結果として戦意に影響が出てはいけないと、口出しをしなかった。
勝って兜の緒を締めよ――何処かの国にはそういう言葉があり、しかも敵の首領を捕らえた訳ではないのだと、念を押したくらいだ。
夜から壁の中に立って見張りをやっていた者たちを一度引っ込めて休ませ、別の人間を見張り番に選んで、町では至る所で宴会が催された。
カルナはこれには参加せず、傷の手当てをやった後は、呼吸法の鍛錬と、身体のリラックスに時間を使っていた。
「いや、俺は酒は……」
「――と、そう言えばそうだったな。んじゃ、勝手にやらせて貰うぜ」
ジャスクはカルナの隣に上って来て、無造作に胡坐を掻いた。鎧こそ身に着けていないが、背中には剣を括り付けている。それとは別に、酒瓶と二つの杯を持って来ていた。
ガラス瓶から、夕焼けの色をした酒が注がれる。風に乗って漂うのは火の匂いだ。
「酒が嫌いな訳じゃありません……」
杯を傾け、焼けるような味に咽喉を鳴らすジャスクに、カルナが言った。
「ただ、酒をやると、自分がどうなるか分かりませんから」
「酔いが回り易いのかい、センセは」
「少し……」
「ま、それが分かってるなら、飲まん方が良いな。昔、傭兵をやっていた時に、それで暴れた奴もいたし、飲み過ぎて、戦場に出る前に死んだ奴もいた……」
ジャスクは一杯目を空にすると、二杯目を注いで、口に含んだ。
触れるだけで酔いそうな息を吐き出しながら、ジャスクがしみじみと言う。
「戦いも同じだ」
「え……」
「戦っていると、こう……頭の中が燃えるように熱くなる。酒を飲んだ時と同じだよ。普通は、戦うとか、死ぬとか、殺すとか、そういうものは怖いんだって思ってる。でも、そればっかりをやってるとな、楽しくて堪らなくなるんだよ。迫り来る敵をぶった斬るのがな、血を見るのがな……。だから、忘れそうになる。何の為の戦いなんだろうか? 何かを守るとか、勝てば金が出るとか、旨い飯や良い女を抱ける地位の為とか、そういう事じゃなくなっちまう。戦う事そのものに、人を殺す事そのものに、喜びや楽しさを見出すようになっちまう……」
「――」
「そんな自分が嫌になって、俺ァ、傭兵をやめた。こいつを、もう抜かないと一度は決めた……」
ジャスクは背中の剣を引き抜いた。
柄に、赤い宝玉を固定した剣である。
二人の背後の空に、夕陽がある。オレンジ色の光が刀身に反射して、壁の上に星を作った。
「センセ、次で最後にしよう。町の人たちに、俺のようにはなって欲しくない」
ジャスクは濡れた眼差しで、カルナを見た。
カルナは小さく頷いた。