朝焼けの襲撃⑨~闇の魔装・セヴンズ・トランペット~
「ど、ドン!」
ドンシーラが乗っていた戦車で、弓を構えていた男が、カルナを狙った矢をつがえようとした。
その横から、殆ど返り血を浴びない銀色の切っ先が伸びた。
ディアナだった。
「下手な動きはしない方が身の為。どうせ捕まるにしても、痛いより痛くない方が良いだろう?」
にやりと、不敵な笑みを浮かべて男を牽制するディアナ。
そこから少し離れた地点で、カルナのシャクティによって弾き飛ばされたドンシーラが、自分のハルバードを杖にして立ち上がろうとしていた。
「ぐ……や、やるじゃねぇか、驚ぇたぜ……」
「あんたもな。殺す気がないのは変わらないけど、死んでも仕方ないくらいの威力で打った……」
ジルダに打ち込んだ以上の打撃を、ドンシーラに浴びせている。
地の魔装で身体を強化し、且つ、直接ではない打撃を受けたジルダでさえ、激痛に立ち上がる事さえ出来なくなった。それなのに、直接、技を撃たれたドンシーラは、ダメージを負ってはいても立ち上がろうとしている。
「要は、こいつのお陰よ。こいつは俺の守り神さまでなぁ」
ドンシーラは呼吸を整えると、ハルバードを見せ付けた。
黒い――
闇のような黒さを持った武器であった。
槍の穂先も、斧の刃も、石突の鎌も、長柄も、装飾の双頭の蛇も、異様な黒さを誇っている。
錆止めを施した黒い金属と言うより、漆黒の宝石のような光沢を放つ武器であった。
そうしながら、獣の皮を剥いで作った上着の胸元を、右手でざっくりと開いて見せる。
がっちりと発達した大胸筋に、密林のような胸毛が生い茂っている。
その下、樽型になった腹の黒さが、体毛や色素ではないと見て分かる黒さに染め抜かれていた。
びっしりと、鱗のようなものが生じている。
カルナは、ドンシーラの腹を打った手を見た。拳の先、指の付け根の皮膚が、僅かにささむけている。
ドンシーラの腹の鱗が、インパクトの瞬間に拳の先に引っ掛かり、衝撃を充分に伝えなかった。
「それにな……」
ドンシーラは髭の隙間を開き、赤い舌を突き出した。その舌は、男の咽喉の辺りまで伸ばす事が出来、しかも先端が二つに分かれている。
その舌を引っ込めて、唇の左右を耳まで吊り上げるドンシーラ。この時、口髭の中心部分、鼻と上唇の間の溝の左右が、不自然に窪んでいるのが見えた。
「こいつでお前の体温の動きを読んでいたのさ。だから喰らう寸前、回避する事が出来た」
「あんた、魔族なのか……」
「生まれは普通の人間だったと思うがね。兎も角、こいつを手に入れた事で、俺はこの姿まで手に入れたという訳だ……ふふん、そう、お前が欲しがっているこいつをな!」
「――」
「ジルダの奴から聞いたぜ、お前、クラウンクラスの、黒い魔装を探してるんだって? 名前は確か、セヴンズ・トランペット……」
「……どうして、お前が」
カルナの表情に、はっきりとした狼狽が浮上した。
ジルダに対し、その質問をしたのは事実だ。ジルダがカルナとの一件を説明するのに、その事に触れるのも自然だろう。
だが、ジルダが知らなかったそれを、その報告を受けたドンシーラが保有し、しかも使用している現実は、カルナの安定したメンタルを揺るがすくらいの衝撃があった。
「セヴンズ・トランペットか、良い名前だ! それじゃあ早速、こいつをそう呼ばせて貰うぜ!」
ドンシーラは黒いハルバードを構え直し、カルナに躍り掛かった。
「その小僧の血を啜れ、セヴンズ・トランペット!」
黒い刃が、唸りを上げてカルナに迫った。