朝焼けの襲撃⑧~マクール高原の盗賊王~
「ど、ドン……何故」
そう言って倒れた男に、カルナは駆け寄った。
ドンシーラが武器を手にして地上に降りた事など、興味がないかのようであった。
「ちょ、ちょっと……」
ディアナが、殆ど無防備に矢を打ち込まれた男に近付くカルナを追って、その前に出る。
ハルバードの柄を肩に乗せたドンシーラが、ゆっくりと歩み寄って来ていた。
「ディアナさん、この人を頼む」
「え? 何だって。その男をどうしろって!?」
カルナはディアナの手を引いて地面に跪かせると、その右手を胸元にあてがわせた。
「この矢を抜くから、水の魔装で血を固めるのを速くして、それ以上の出血を防ぐんだ」
「こいつは敵だぞ? どうしてそんな事……」
「良いから、早く!」
カルナは有無を言わせぬ迫力で言うと、男の胸から矢を引き抜いた。傷口の上に、ディアナの右手を重ねさせて魔法石を輝かせ、出血を抑え込む。
「この人を頼む」
カルナはそう言って立ち上がり、ドンシーラの前に立った。
その時には、既に冷静な顔を取り戻している。
「妙な男だぜ」
ドンシーラはカルナをそのように評した。
「敵を助けるなんて、何を考えているんだか。同情したのか、この俺にやられた事に」
「人が死ぬ事は仕方のない事だ。でも出来る事なら、俺は殺しはしたくないし、死んで欲しくもない、例えどんな悪人でも」
「ほぅ……俺たちが何をやっているのか、知らない訳じゃあるめぇな」
「あんたたちは生かして捕え、何処かの国に引き渡す。そして正当な裁きを受けて、心を入れ替え、これからは人の役に立つ事をするんだ」
それを聞いたドンシーラは、天を仰いで豪快に笑った。
「がははははっ……! 面白い冗談を言う奴だ。正当な裁きだと? 心を入れ替え? 人の役に立つ事を、だって? ぐふふふふっ、一生鎖に繋がれて、奴隷のようにこき使われろって言うのかよ」
「あんたたちが罪を償うにはそれしかない。人は生まれによって王になるのではなく、行ないによって王になる。それと同じで、あんたはあんたの行ないで、奴隷になるんだ」
「俺は奴隷になんかならんぜ。行ないによって人の地位が変わるのなら、俺はもう変わっている。俺は王だ! マクール高原の盗賊王、ドンシーラさまさ!」
ドンシーラはハルバードの穂先をカルナに突き付けた。
その凶悪な黒い輝きに、カルナが眉を顰める。
「何故だ? どうして、人を殺す。ものを奪う。女を犯す?」
「殺したいからさ。奪いたいからさ。犯したいからさ! 他に理由は要らないだろう」
「……あんた、それでも人間か?」
カルナの言葉に棘が混じった瞬間、ドンシーラは黒いハルバードを突き出した。
身体を横に開き、この突きを躱すカルナ。
ドンシーラは手首を返しながら腕を横に振るい、カルナの胴体を斧で斬り付けようとした。
膝を曲げつつ腰を落とし、上体を逸らして、ハルバードに身体の上を通り抜けさせる。
そのまま両手を頭の横の地面に着き、下半身を引き戻して、距離を取って立ち上がった。
「うりぃっ!」
ドンシーラが突撃した。
槍を素早く繰り出して、カルナの身体を蜂の巣にしてやろうとする。
虚空を切り裂く黒い連撃は、相手が常人であれば一〇回は命を奪っていたものと考えられる。しかしドンシーラが相手にしているのは、刃の前に素手で平然と身を躍らせる戦士カルナである。
「かぁぁぁっ!」
ドンシーラはハルバードを両手で握って力を蓄え、前に出した右手の握りを緩めて、その隙間に勢い良く柄を滑らせた。ドンシーラの右手の中で加速した穂先が、カルナの心臓目掛けて打ち込まれる。
カルナが膝の力を抜いて落下すると、その残像を、彼が身に着けていた衣と共に、ドンシーラの黒い穂先が貫いた。
カルナはハルバードよりも低い姿勢からドンシーラに接近して、左足で踏み込むと共に左の拳を打ち出してゆく。
ぱぁんっ!
火薬が弾けるような音がして、ドンシーラの身体が後方まで吹き飛んで行った。
その一瞬、カルナの拳が白い光に包まれ、それが爆発したような幻想を、ディアナたちは見ていた。
シャクティ――
火の呼吸で蓄えた力を、大地力と共に放ち、相手の体内の水分を強烈に振動せしめる、雷神が放つ矢の如き打撃が、ドンシーラに炸裂していた。