出会い―イリスとカルナ―④
「手段と目的、かぁ」
イリスとカルナは、森から出た。
森は、外へ向かうに連れて整備された道が現れるようになり、外界との境界には一対の木の柱が設けられて明確な出入口を露わにしていた。
森から出ると、空気の質が切り替わったような気がした。ひんやりとした緑の世界から、太陽の降り注ぐ蒼空に包まれた温かい世界だ。
森がある場所は盆地になっていて、長い坂道の上に高い石塀が確認された。あれが、平和の町というアムンの外壁なのだろう。アムンに続く坂道の左右は、森が続いているように木々が生えていたが、町に近付くとそれが少なくなり、町と坂との際は芝生になっている。
「貴方、面白い事を言うわね」
イリスが感心したように言った。
カルナはイリスと一緒に坂を上りながら、「そんな事はないさ」と言った。
「誰だって分かっている、当たり前の事さ。でもタパスをしていると、その当たり前の事を忘れてしまうんだ」
タパスというのは、カルナが生まれた国の言葉で、“修行”とか“苦行”という意味だ。
「身体に苦しみを与えていると、その苦しみから逃れたいと思う。その時、人の頭の中には二つの逃げ道がある。一つは物理的に逃げる……つまり、修行そのものをやめるという事だ」
「もう一つは?」
「もう一つは精神的に逃げる事。つまり、修行によって苦しい思いをしている自分を正当化する為に、敢えて苦しみに耐え抜こうとしてしまう事だ」
「それが、手段と目的が分からなくなる、っていう事?」
「俺はそういう風に考えている。苦しみに耐える事は、何らかの目的のための手段に過ぎないのにな」
例えば――と、カルナはイリスに代わって背負っていた籠を、胸の前に持って来た。
「君は何の為に、枝を拾い集めていたんだ?」
「? そんなの決まってるじゃない、町で必要だからよ。お肉や野菜を焼いたり、お湯を沸かしたり、冬には暖を取ったりするのに必要だから、枝を集めて、乾燥させて置くのよ」
「その通り。それが目的だろう? しかしそういう仕事を日常的にやっていると、枝を拾い集めるという事だけに終始し、何故自分が枝を集めるのか? その先を考えなくなる」
「そんな事、ある訳ないじゃない」
「今は君も若いからね。だけど、これから何年も、何十年もこれを続けてゆくとしたらどうだろう。年を取れば頭の働きが鈍くなり、多くの事を考えるのが難しくなる。重い荷物を背負って道をゆく事が難しいのは身体だけじゃない。頭や心もそうなんだ。頭の中身や心が、或る一つの行動に対して掛かる負担を減らそうとしてしまうようになる。そうなったら、枝を何の為に拾うのか考えなくなり、今まで続けて来たからという理由……つまり習慣だけで、枝を拾い続ける事になる」
「んー……何だか分からないけど、ちょっと分かったような気がする」
イリスは困った顔をした。
カルナは、少し喋り過ぎたかも――と反省したらしく、苦笑した。
「とは言え、普通はこんな事、考えなくて良いんだ。そっちの方が楽だからね」
「楽?」
「ああ。重い荷物を背負って道をゆく事は、普通はしなくて良いんだ。余計な事は考えなくたって、腹を満たせる食べ物と、雨風や暑さを凌げる家があれば、それで充分だ。そういう事をするのは、俺のような人間だけで良い……」
「貴方のような、って?」
「――」
イリスの問いに、カルナは微笑みで応えた。自分の思わせ振りな発言は気にしなくても良いという顔でもあったし、その裏で、自分の内情を話したいという気持ちが皆無という訳でもなかった。
そうしている内に、二人は坂を上り終えて、アムンの町に辿り着いた。