朝焼けの襲撃⑦~冷酷首領~
腕を胸の前で組んだカルナが、地面に沈んだ槍使いの背中に両足を乗せている。
自分を胸の前に槍で拘束した男の、頭の高さまで両足を持ち上げ、同士討ちで拘束が緩んだ隙に、振り上げた下半身の勢いで槍使いの背中に、彼の頭を飛び越えて移動した。
そうして一瞬、直立した槍使いの肩に乗る形になった。
だが成人男子の体重を持つカルナを、激痛に悶える槍使いが支えられる訳もない。前方に向かって倒れゆく。
カルナはしかし、男の肩の上に直立したままであった。倒れゆく男の肩の上から肩甲骨まで移動して、直立を保ったまま、地上に降りて来たのである。
戦場で動きを止められる恐怖、眼の前に攻撃が迫る戦慄――これらを抑え込む精神力と、肉体の柔軟性、そして極めて高いバランス感覚の為せる業であった。
仲間を殴ってしまった事に動揺する男の前に、カルナが歩み出た。
その皮膚の内側から、凄まじい圧力が放出される。
「野郎ッ」
ハンマーの男は得物を振り被り、カルナの脳天に振り下ろした。
カルナは風のように動いて、男の身体に打撃を浴びせた。
地の魔装で肉体を強化している男だ、そのくらいは何ともない。
だが、カルナがいなくなった地面を陥没させたハンマーを、再び持ち上げる事が出来なかった。
「け、けかっ、くきひぃっ」
奇声を上げて、ハンマー使いは悶絶した。
貫手、一本拳、平拳、拇指骨、鶏口――
カルナの、眼にも止まらない連撃が、ハンマー使いの痛みが走るツボを刺激していたのだ。
「ふしぃぃぃぃっ」
残るは刀使いと双剣士。
双剣の男は刀身を緑色に光らせてカルナに突撃した。
早業と言うのであればこの男も敗けていない。カルナの筋肉の動きを予測して、縦横無尽に刃を繰り出していた。
頭、顔、肩、胸、腕、脚――
眼、鼻、口、耳、顎……
肘や、膝や、腋の下や、下腹部。
文字通りの嵐となった双剣の男が、カルナの急所という急所の皮膚を薄く切り裂いてゆく。
だが、カルナは無造作に両手を出し、左の肩口を狙った左手の剣を左手の指で、右脇腹を狙った右手の剣を右手の指で挟み込み、止めた。
「嘘……」
双剣の男は自分の高速の剣技を見抜かれた事に驚いていた。
カルナは彼の顔に頭を寄せてゆく。
双剣の男は、自分の周囲で空気が大きく流動するのを聞いた。
カルナの腹がぱんぱんに膨らんでゆく。
そして、
「迦‼」
カルナの口から、呼吸と共に吐き出される大音量。
遠くにいたディアナや、残りの剣士、ドンシーラまで耳を覆いたくなる声は、アムンの迎撃隊や敵の戦車隊にも届いた事だろう。
しかしヘキサウィンドの魔装を身に着けた男にとって、それは顔の近くで発せられたという以上の超特大ヴォリュームで神経を焼き付けた筈だ。
鼓膜が破れ、眼球を血でいっぱいにし、小便を漏らしてその場に崩れ落ちた。
双剣の男から取り上げた武器を、カルナは地面に放った。
その涼しい眼に見据えられた剣士は、顔を一気に蒼くして後退り、そのまま逃げ出そうとする。
「冗談じゃねぇ、こんな化け物、相手にしていられるか! ……うっ!」
その胸から、一本の矢が生えていた。
ドンシーラが部下から弓を奪い、矢を放ったのだ。
「ど、ドン……何故」
「腰抜けが。てめぇは俺の名前に泥を塗る気か」
冷たく吐き捨てるドンシーラ。
この男は既に、カルナに敗けて戻ったジルダを殺害している。
今更、仲間の一人や二人を殺す事を、どうとも思っていない事は確実であった。
「情けねぇ奴らだ。……おい、小僧。この俺が直々に相手をしてやる、感謝しやがれ」
ドンシーラはそう言いながら、例の黒いハルバードを構えて、戦車から降り立った。