朝焼けの襲撃③~カルナ出陣~
ガバーレは、自分の方へ向かって矢を射掛けていた戦車の動きが鈍ったのを見て、弓を取り、矢を放った。
その矢は、それまでこちらを狙っていた射手の肩の辺りを見事貫いて、戦車ごと転倒させた。
ガバーレの矢に射られた男は、横倒しになった戦車の下から抜け出そうとしたのだが、一緒に乗っていた男は逃げ出せない様子だった。
どうやら門の側から射られた矢が、板を貫通して、戦車を操縦していた男を貫いたようだった。
「鬼畜共め!」
ガバーレは、頭の血管がはち切れそうな怒りと共に、矢を放った。
二射目も、クリーンヒットだ。
板を貫通した矢に射貫かれ、壁の上を警戒する事を怠っていた男の肩口に、ガバーレの矢が突き立った。
ガバーレは再び身を隠し、投石器に次弾を装填する。
それにしても、あの車を転倒せしめた矢は誰が放ったものであろうか。
確かに、加速のついた矢は、鉄の鎧すら容易に貫通するという。しかし、角度のある板に、地面と平行に射って、しかも盾にされた女を避けて貫通するような事があるだろうか。
少なくともアムンには、それだけの技術を持つ者はいない。
とすれば――
「ガバーレさん!」
隣で身を伏せ、投石器を操作していた男が言った。
「カルナさんが出て来ました! 投石、やめますか!?」
やはり、そういう事になるだろう。
あの矢を放ったのはカルナだ。恐らく、自ら前線に出る挨拶代わりに、矢を投げたのだ。
そしてそのカルナが前に出ても、弾幕を張るのをやめろとは言われていない。
前線に出るのは、作戦ではカルナとディアナの二人。しかし敵は、二四人だ。
二人が相手していられる以外は、町を目指して進撃して来る。
「いや、投石も矢も止めない! あの二人を信じて撃ち続けろ! 奴らを近付けるな!」
ガバーレはそのように指示を出した。
「ほぅ……」
ドンシーラの乗る戦車は、他よりも一回り大きかった。
ドンシーラを含めて、三人の男が乗っている。
一人が戦車を操縦し、もう一人が弓を射て、彼らの後ろにドンシーラが立っている。肩に、ハルバードの柄をもたれさせていた。
当然、正面には女が磔にされている。身体を大の字に開かされていた。その顔は死人のように表情を失い、小便と糞をひり出している。
「成程、さっきの奴が、ジルダの言っていた男か……」
「戦車を転倒させたのは、槍か何かですかね? 奴ら、平和の町だなんて言って、ちゃっかり戦う準備をしてるじゃねぇか」
操縦士の男が言った。
その後頭部を軽く蹴り付けて、ドンシーラは言う。
「馬鹿野郎、あれは俺たちが射掛けた矢だ。そいつを投げ返したのよ」
「へ? そんな馬鹿な……」
「ジルダの話じゃ、軽い蹴りでツボを押して動きを止めたり、間接的に衝撃を伝えるような技を使う男らしい。つまり、身体の操作法に慣れているって訳だ。一本の矢を、戦車をぶち抜く槍に変える事くらい、出来なくはねぇだろう」
ドンシーラはジルダの話から、カルナの高い身体操作能力に当たりを付け、矢を投擲するだけで発揮される威力についても想定していたらしい。
すると、その倒れた戦車の向こうから、こちらへ向けて駆け出している男の姿がある。
ドンシーラは口髭の隙間から、にぃっと黄色い歯を剥き出して、その場から立ち上がった。そして蛇の絡み付いた黒いハルバードを立てて、
「聞けィ!」
と、声を上げた。
「壁からの投石を躱しつつ前進、弓隊は壁の上を牽制しつつ、眼の前の男を包囲しろ!」
ドンシーラの指示通りに、戦車が動き出した。
弓を持った戦車が左右に展開しながら、壁に向かって矢を打ち込んでゆく。如何に投石器の装填を素早く出来ても、おおよその射程や威力は把握されてしまっており、女の盾もあってドンシーラ一味の戦車には既に脅威でなくなっていた。
こうなると目視で矢やスリングショットを放つ他にないが、アムンの迎撃隊で弓を使える者は少なく、ドンシーラ一味は驚く程の正確さで窓に向けて矢を射掛けて来る。
その間にカルナは門からだいぶ離れ、ドンシーラ一味に接近していたのだが、左右に展開した戦車隊はくるりと方向を変え、真っ直ぐに飛び出して来たカルナを包囲する形になっていた。