朝焼けの襲撃②~肉の盾~
当初の作戦通り、迎撃隊が投石器と弓矢でドンシーラ一味を牽制している間に、カルナにディアナが合流し、機を見て出陣するという運びになった。
武装して東門までやって来たディアナとカルナが、門の前に立っている。
すると、壁に上る梯子から、急いで降りて来て、カルナとディアナに声を掛ける者があった。
「ディアナ、カルナさん、まずい事になった……」
「何です?」
「あいつら……酷い事をしやがる、あんな、あんな事……」
壁の上から伝令役を任された男は、外で見た光景が余程ショックだったのか、言葉に詰まりながらどうにか状況を報告した。
「奴ら、妙な乗り物に乗っている。二枚の戸板を、片方を地面と平行にして、もう片方をこう前に斜めにして固定し、前に二つ、後ろに一つ、車輪をくっ付けている。これに、二人か三人で乗って、車の数は全部で九台」
「移動式の盾か。……と言うよりは戦車だな。動力は?」
「見ただけでは分からない。けど馬だとか、地面を蹴っているとかではなさそうだから……」
「ペダルを使っているんだろうな。片方が運転して、もう片方が弓を射る訳だ。面白い戦車を造る……」
「敵の数は二四人。その内、弓矢を持っているのが五人だ。矢印の形に並び、弓矢を打つ五つの戦車が前方に一つ、中頃に三つ、後方に一つ、その間に残りの奴らがいる。ドンシーラと言うのがどれかは分からないが……」
「嚆矢の陣か」
伝令役が言ったように、上から見て矢の形で並んで進軍しているのならば、それが嚆矢の陣だ。カルナはそのように判じた。
「それで、まずい事っていうのは? その盾……戦車の事? 確かにそんなものを使われたんじゃ、固定式の投石器や弓矢じゃ狙いを付けるのは難しいだろうな」
ディアナが訊いた。
「そ、それだけじゃなくて――その戦車の前方の板、こ、ここに……」
伝令役の男は顔を蒼くして、言った。
「お、女。裸の女を、前の板に張り付けているんだ。こう、腕を広げさせて」
「何だって!?」
ディアナが声を高くした。
「た、多分、生きている女だ。それを板に固定して、肉の盾にしてやがるんだ。、酷ぇ、奴ら、酷い事をしやがる……!」
この事は、迎撃隊の戦意を著しく低下させた。
投石器は、目視で狙いを付ける必要がないように造ったのだが、仮に戦車の正面に激突すれば、それは盾にされた女の身体に石を投擲したという事になる。弓矢は、腕の優れた者に使うよう言っていたが、この場合、照準を定めるのに生身の女を見る必要があり、人情的には狙いが反れる。
死体ならばまだしも、まだ生きている女たちだ。服を毟り取られ、局部を剥き出しにされて、掌や足の甲に杭を打たれたり、ロープでぎちぎちに固定されていたりして、矢面に立たせられている。
石が頭を潰し、矢が脳を射抜いて死ねるならまだしも、他の部位に当たれば激痛だけで、死ぬ事はない。死ななければ痛みに悲鳴を上げる。隣の人間が叫べば、他の女も連鎖的に恐怖する。
「悪魔め……」
ディアナが怒りに眉を寄せた。
一方カルナは、鉄の表情である。
「センセ、ディアナ――」
他の方角から襲われた時の為に、別所で待機していたジャスクが、カルナたちの元へやって来た。
「夜の暗闇に乗じて、という話は良くあるが、まさか朝焼けと共に襲って来るとは思わなかったぜ、粋な事をしやがる……何て場合じゃねぇな。それに、女を盾にするなんて、地獄の悪魔も真ッ蒼だぜ。だが、センセ、クライス公国のような貴族主義の国なら兎も角、勝たなきゃならねぇ、どんな手を使っても――そう思っている連中にとっちゃ、常套手段だ。奴らは本気で俺たちを潰す気なんだ。よしんばこっちが勝ったにしても、後味の悪い事になるぜ」
「分かっています。しかし、作戦は変わりません」
カルナはジャスクの肩を軽く叩いて、門に向き直った。
大門の横に、人一人か二人が漸く通れる小さな扉があり、カルナはこれを開けて門の外に出た。
ディアナも、その後に続いた。
途端に、カルナの顔に向かって一本の矢が飛来した。
「しまった!」
と言ったのは、タルセームだ。門前の、堀の手前で盾を構えていた、タルセーム率いる合わせて六人の若者たちだったが、そのガードをすり抜けて、カルナの顔に矢が飛び込んだのだ。
だが、カルナは矢を受け止めた。
切っ先が鼻に触れる寸前、矢じりの手前を掴んだのだ。
壁の上に向かって矢を撃つ者、門番に向かって矢を放つ者が敵にはおり、文字通り矢継ぎ早に、殺意を込めた一閃が空を裂く。
「タルセームさん、出ます」
カルナは風のように、タルセームたち盾組の横をすり抜けると、掴んだ矢を手の中で反転させ、身体を弓と見立てて発射した。
回転しながら突き進む矢は、盾にされた女の身体ごと、戦車の前の板を突き抜けた。