朝焼けの襲撃①~奇襲~
空が白み始めている。
結局、ドンシーラたちの夜襲を受ける事なく、朝を迎えられそうだった。
夜を徹して、壁の中から外を見張っていたガバーレは、地平線から顔を出し始めている太陽に向かって、かちこちに固まった身体を伸ばした。
頸や、肩や、肘や腰、ぱきぱきという音が、身体の外にも聞こえるようだった。
ガバーレは眼を瞑って伸びをしていた。太陽が殆ど真正面に来ている東門の見張りを担当していたので、夜明けと共に眼球に光が入り込んで来るからだ。
そうして眼を開けた時、ガバーレはぎょっとなった。
太陽の光を背中にして、町へ向かって疾駆する一団を確認したのだ。
「あれは!」
ガバーレは横を向いて、幾らか離れた場所で、同じように窓から外を眺めている人間に声を掛けた。
すると、耳元でうぉんっ! と風が鳴き、ガバーレが背中にしていた壁に対し、斜め下からすり上げるようにして矢が突き刺さっていた。
遅れて、ガバーレの耳朶に熱が生じる。矢を掠められたのだ。
「て、敵襲だーっ! 東の方角から、敵襲だ!」
ガバーレが叫んだ。
ガバーレの左右、それぞれ窓の位置から外を見ていた者たちも、これに連鎖して声を上げた。
「敵襲だーっ!」
「敵襲だっ!」
これはあっと言う間に反対側まで伝わった。
その途中で、北側の窓から森を見下ろしていたライヤが、敵襲を伝えると共に、
「迎撃準備! 弓、石、構え!」
と、指示を出して、内側に向いた窓に顔をやると、門の下に声を掛けた。
「敵襲だーっ! 東の方角から敵襲!」
これが、北門の下で伝令役を務める事になったシェイの耳に届き、シェイは声を上げて町の中を駆け回った。
「敵だーっ! 東側から敵が来たぞ!」
「非戦闘員は避難経路の確認をしろ!」
「寝ている者は起きろ!」
「子供や老人を連れてゆくのを忘れるな!」
シェイと同じように各地に配備されていた伝令役が声を上げ、町の人々に注意を喚起した。
人々が一斉にざわめき出す。
それを纏める為に、ワライダ、サルバー、シグサルァ、パーカロール、ファイヴァル、そして負傷したビルマンに代わってモーバが、それぞれの担当するブロックの指示塔にやって来る。
「落ち着いて下さい、慌てないで!」
「まだ門は破られていません!」
「敵の侵入は、迎撃隊が防いでくれます!」
「ですが万が一の事も考えて、すぐに避難出来る準備をして下さい!」
「避難の際には我々が誘導します!」
「兎に角、落ち着いて! 落ち着いて行動をして下さい!」
町の者たちの動きは迅速だった。初めこそ、二〇〇年間、この町に訪れる事のなかった敵襲に動揺を隠し切れないでいたが、町の誰もが知り合いである。彼らの言葉を聞いて一旦心を落ち着かせ、そして次の行動に備えていた。
壁の方でも、迎撃準備が始まっている。
「数は……く、逆光で正確に数えられん」
ガバーレは額に手でひさしを作り、眼を細めて、こちらへ向けて矢を射かけた相手の姿を確認しようとした。しかしその間に、敵は近付きながら矢をつがえ、放って来る。
少なくとも、一〇〇人とか二〇〇人の敵という訳ではなさそうだった。ざっと三〇人――
「先ずは迎撃だ! 奴らを町に近付かせるな!」
ガバーレは窓から身体を出さないようにすると、カルナの説明で造り出された投石器を取り出した。
下に向かってコの字になった土台を、窓の下枠に引っ掛ける。すると土台の上に、窓の高さよりも幾らか短く、先端に器型の部品を括り付けた板が伸びている。この板は、土台から突き出した二つの突起の間に挟み込まれ、杭で貫かれて固定されている。板の先の器の下から、一本の長い紐が、床まで垂れており、これを引っ張ると板が内側に放物線を描いて引っ込んで来た。
紐を強い力で引っ張っているのだが、これは、板が土台と接する面に、一本の蔓が渡されているからだ。紐を放すと、蔓の力で板が戻されてしまう。
この間に、器に石を入れ、紐から手を放す。
すると蔓が板を引き戻して、この勢いで石が飛んでゆく事になる。
正確に狙いを付けて石を投げる事は出来ないが、窓から顔を晒して、矢を受ける危険性は減る。
中には板が三つ並んだものも作り出されており、これによって一度に複数の石を投擲する事も出来た。
ガバーレはこの投石器を使用しながら、敵の攻撃に気を付けつつ立ち上がり、窓から相手の戦力を改めて確かめようとした。
そして思わず、
「うッ!」
と、低い呻き声を上げてしまった。