戦士たちの夜②
眼を覚ましたカルナは、汗を拭い、呼吸を整えた。
すると、それまでとどまる事なく溢れていた粘着質な汗は分泌をやめ、カルナの身体に清浄な気が戻って来た。
衣を身に着けたカルナは、ベッドから床に降り、戸を開けた。
「こんばんは。お休みだったかな?」
「いえ、すぐに起きられるようにしていました」
これは嘘ではない。ディアナの声は聞こえており、その途端にカルナの意識は覚醒に傾いた。
ディアナは戦闘の出で立ちだ。鎧と手甲を身に着け、腰に剣を帯びている。
「少し、お話しをしようか。一緒に戦う仲間と言っても、私は君の事を知らないからね」
「はぁ……」
ディアナはカルナを引き連れて、夜の町を歩いた。
ここまで緊張感の漂うアムンの町をディアナは見た事がないらしく、町の中を彷徨うように歩いている。
町を大体一周して、中央広場に戻って来た。
中央広場からは三方に広い道が伸びており、この道の先にそれぞれの方角に向いた門がある。
「色々と改造、してくれちゃったみたいだね」
町の各所に建てられた衝立や、住民を引っ越しさせた空き家の事だ。仮に敵が侵入して来た時の事を考えて、迷路状にし、いざという時は袋小路に追い込んで一掃する事になっている。
「すみません、久し振りの故郷だと言うのに、こんな事にしてしまって」
「ううん、構わないよ。私だって戻って来たら、お祖父ちゃんに町の構造自体を変えるよう、言うつもりだった。……そう、平和の町だなんて言うけれど、大きな戦争が起こって、本当に何もかもぶち壊されてしまいそうになったら、そんな約束は平気で破られてしまう」
夜空を見上げて、ディアナは言った。それだけのものを見て来たのさ――と。
「本当は誰だって戦いたくない筈です。それでも、戦わなくちゃ守れないものもある」
「だから、私は旅に出た……そして思い知った」
ディアナは、自分の身体を抱き締めるように腕を回した。カルナは彼女の身体が負った傷について知らないが、素人の女と男が三年程度鍛えた所で、どのくらいの実力しか手にする事が出来ないかは分かっている。それでも彼女の力が、オークを倒す程に成長したというのなら、それはきっと、時間以上に濃密な修行に打ち込める動機、強い情動があったからだろう。
「その魔装は?」
カルナが訊いた。
「修行の中で手に入れたものさ」
「四大元素全ての魔装を手にし、使いこなすなんて、凄いですね」
「口が上手だな、カルナくんは」
ディアナはカルナと向かい合って、ウィンクをしてみせた。
「君は?」
「え?」
「君も何か魔装を持っているんじゃないのか? ドンシーラたちは、全員が魔装を持っているという話だ」
「俺は魔装を持っていませんよ。魔装使いと言ったって、魔法を使える訳じゃない。人間の身体に眠っている本来の能力を、魔装の力で引き出しているだけで、人間が戦って決して勝てないという相手ではありませんから」
「ふぅん。……えっと、確か」
ディアナはカルナに近付くと、右掌を彼の脇腹にあてがった。
お腹に平手を喰らわせるような動きで、ぱちんと弾く。
「こうやったんだっけ?」
「イリスちゃんに聞きましたか」
「ええ。しゃくてぃ……とか、言ってたんだっけ?」
「はい、シャクティです」
イリスの身体を介して、ジルダの体内に衝撃を打ち込んだ技の事だ。
「凄い! それこそ魔法じゃないか」
「魔法と言うよりは、技術ですよ。訓練すれば誰でも出来ます」
カルナはディアナから距離を取ると、火の呼吸を大きくした。
身体の中から全ての空気が抜けてゆき、内臓が消えたかのようにお腹ががりがりに痩せ細る。
しゅ~~~……と、息を吸い込んでゆくと、今度は逆に腹が妊婦のように膨らんだ。
何度か吐くのと吸うのを繰り返して、火の呼吸が安定した瞬間、カルナは左足で踏み込みながら、右手を繰り出した。
踏み込んだ足と、軸とした右足から、螺旋状のパワーが跳ね上がり、突き出した右手の先から白い光となって放出されたようであった。
カルナは東門へ向けて掌を突き出したが、そのパワーが渦を巻きながら、門にまで到達したようにさえ感じた。
「その技術があれば、魔装要らずって訳か」
ディアナは息を呑んで、カルナの技量に見入っていた。
「そんな貴方が求める魔装があるの? 黒い魔装――」