戦嵐―あらし―の前の…④
「死んだよ――」
湯船に浸かり、ディアナは言った。
隣には、イリスが肩まで浸かっている。
二人だけだ。大浴場には、ディアナとイリス、姉妹のように育った二人だけがおり、感情を込めないディアナの言葉だけが、大理石の表面に反響した。
「ミタール、アミラ、リーガ、コンム、ジラクル……みんな、旅の途中で死んでしまった」
イリスも訊いたのだ。ディアナの他に、五人の青年たちが彼女に賛同して、町を守る為の力を身に着ける修行の旅に出た。しかし帰って来たのは、ディアナただ一人であった。
その答えが、そうしたものであった。
「それだけ厳しい修行だった。私は彼らに助けられ、守られ、独り生き残って漸く、自分の旅が途方もない事であると気付き、死に物狂いで修行に打ち込んだ……」
ディアナは淡々と語った。しかし、その無表情な口調の内側には、友達を、仲間を失った事への哀しみや、そのきっかけとなった自分への嫌悪が、確かに潜められているようであった。
修行の旅が厳しかった事、それは、脱衣場で服を脱いだ時に分かった。
イリスは、昔のように姉と風呂に入れる事が嬉しくて、烏の行水が当たり前の少年たちのように服を脱ぎ払ってしまった。しかしディアナは、鎧を取り外す事を差し引いても、その下の服を脱ぐ事を躊躇っているように見えた。
ディアナの裸体を晒されて、イリスは息が詰まるような思いであった。
まるで、別人の身体だった。
昔と比べると、随分と筋肉が発達している。肩や上腕の肉が盛り上がり、背筋が隆起して、太腿などは、男のものと大差ないようであった。
その膨らんだ皮膚の上に、無数の傷がある。
切り傷や、刺し傷、皮膚の色が明らかに違う場所、痛々しく抉られた肉。
特に酷かったのは、引き攣れたような背中だ。広背筋が発達しているのだが、その表面に人頭大の蚯蚓腫れがあった。赤黒く、縮み上がった皮膚は、まるで別の生物に寄生されているようにも見える。
左の乳房と鎖骨の間に、焼き印が押されていた。それは潰れて何の形をしているか分からなかったが、どのような目に遭ったのかを想像させるには充分な傷痕であった。
又、気になったのは左の上腕に着けたままの、銀色のリングだった。恐る恐るそれについて訊いてみたのだが、ディアナは寂しそうな顔をして、
「外れないんだよ」
と、言っただけであった。
この時にディアナ自身が、リングを小さく上下させてみたのだが、リングのふちから覗いた赤黒い皮膚に、それ以上の追及は出来なかった。
イリスは、ディアナの肉体の変化に、泣き出しそうになった。これを察知したディアナは妹の頭を撫でて、
「久し振りの再会だし、昔みたいに、頭洗ってあげるよ!」
と、笑った。
幼かった頃のように頭を洗って貰い、背中を流して貰って、今度は自分が――とは思うのだが、ディアナの傷痕を見るのが怖かった。ディアナもそこに触れられるのは嫌だろうと思って、イリスは、帰還した姉に礼を尽くす事が出来なかった。
そして二人して湯船に浸かっている。
「ただで死んだ訳じゃない」
ディアナは言った。
五人の仲間たちの事だ。
「あいつらは私の中に生きている。あいつらの散った命は、私の心の中で生きているんだ。だから、私は哀しまないし、立ち止まらない。この町を守る、あいつらが果たせなかった約束を、私が戦う事で、果たしてやらなくちゃいけないんだ」
ディアナが湯船から立ち上がった。
その筋骨の隆起の激しく、エッジの効いた肉体から、水滴が滝のように滴り落ちる。
「イリス、上がる前にもう一度、背中を流してくれないか?」
自分の傷は恥ではない。そうした思いを、イリスはディアナの言葉から感じ取った。
「――うん!」
イリスは、頷いた。