戦嵐―あらし―の前の…③
壁の向こうから蒼空が消えて、血の色が滲み出している。
茜に染まる天には、けぶるように黒ずんだ雲が揺蕩っていた。
夜が来る。
月が顔を出せば、それが敵の現れる合図となるやもしれない。
カルナとジャスク、そして帰って来た女騎士ディアナが、東門の傍の小屋の中にいる。
日中、ディアナは町の人たちへの挨拶を済ませると、カルナとジャスクの作戦会議に加わり、ドンシーラの盗賊団の襲撃に備えた。
ディアナは飲み込みが早く、敵が攻めて来た時には、自分もカルナたちと同じように遊撃隊として討って出る事を自ら提案した。
男二人は渋るのだが、ディアナは、
「ここでやらなきゃ、私が鍛えた意味がないわ」
と言って、聞かなかった。
その場にはディアナの祖父であるダイパンと、彼女が妹のように育てていたイリスもおり、ディアナの相変わらずの勝ち気な姿勢が懐かしくて、涙さえこぼしてしまいそうであった。
それに、戦力としては申し分ないと、カルナたちにも分かっている。
ディアナは四つの魔装を保持していた。
炎の剣、風の鎧、水の手甲、地の手甲。
これら四つを駆使する事の出来る体力を、たった三年の旅で、ディアナは十二分に身に着けていた。
オークをまたたく間に倒し、あわやという所であったイリスを救出したともいう。
「女性を戦わせるのは気が引けます」
と言うカルナであったが、実際に戦場に出る事はしないとは言え、ファイヴァルやパーカロール、シグサルァたちの立候補を認めているのもあり、戦力となる事は間違いないディアナを断われなかった。
対ドンシーラの盗賊団の作戦としては、次のようなものとなった。
ドンシーラの盗賊団と思しき者たちが町に近付いて来たら、人数を数えつつ、投石器や弓矢で牽制する。
その間に伝令役が、カルナたちにその旨を報告する。
仮に複数の門に戦力を分けていたら、カルナ、ジャスク、ディアナがそれぞれ応対する。
ドンシーラ一味の正確な人数は分からないので、一人は町の中に残す必要があった。
残るのは、ジャスクだ。
初めに出るのは、カルナとディアナという事になった。
それならば、カルナがディアナを守りながら戦う事も出来る。ジャスクはブランクがあるが、壁上の迎撃隊の援護を受ければどうにか戦えるだろう。
「また私を莫迦にして!」
カルナが、ディアナを守る――そういう類の発言をした事に対し、ディアナは頬を膨らませた。
「女だからって甘く見ないでくれ。何なら、戦ってみるか?」
などと言われた。
カルナとしては、女性は自身の庇護対象という印象だが、ディアナとしては旅の中で身に着けた実力と魔装に相当の自信があり、非戦闘員のような扱いを受ける事は屈辱的であるらしかった。仮に、これがディアナでなく、ワライダのような少年やダイパンのような老人でも、何ならば傭兵出身のジャスクやタルセームたちであっても、カルナは守る事を意識して戦場に出ただろう。
人殺しはやらない――そういう誓いが、カルナにはある。それと同じだけ、人の命を危険に晒す事に、強い忌避感を持っていた。
会議を終えたディアナに、イリスが言った。
「お姉ちゃん、長旅で疲れたでしょ? 早くて今夜、戦いになるかもしれないの。だから今の内に、少しでも身体を休ませて置こう?」
そう言って二人で連れ立って、大浴場へ向かった。
残ったカルナとジャスクは、ダイパンが淹れたお茶を三人で飲み、顔を突き合わせていた。
昨夜、イリスが淹れてくれたのとは違う。透き通った茜色をしたお茶だ。
「良かったな、爺さん。ディアナが戻って来て」
「ああ、相変わらずのお転婆じゃ……」
歳の所為だろうか、ダイパンはディアナがカルナとジャスクの会議に混じっている凛とした姿を見て、その都度、涙ぐんでいた。今も、紅茶の表面に心の水滴をこぼしていた。
「それが、あんなに、立派になって……」
「しかし、他の奴らはどうしたんだろう」
「他の?」
訊き返しながらカルナは、ディアナが、町の五人の青年と共に出奔した事を思い出した。
ディアナは森へ冒険に行って、イリスの声を聞き付けた時、女騎士によって錯乱した敗残兵から救われた。その光景を、一緒に見ていた五人だった。
「ミタール、アミラ、リーガ、コンム、それとジラクル……だったな」
ジャスクは記憶を辿って名前を並べながら、恐らくはそういう事であろう、という結論を自らの頭の中で出してしまった。