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旅人カルナは太陽の子―魔装を巡る冒険―  作者: 星崎リョウ
第三章 炎の剣士と女騎士の帰還
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女騎士③

 噎せ返るような緑の匂い――

 森に、これだけの人数が侵入した事は殆どないのだろう。地面を歩くたびに、土の香りが空気中に立ち昇って、皮膚に張り付くようであった。


「なるべく、生木は折ったり、伐ったりしないようにして。乾燥する時間が掛かるから。地面に落ちている枝や、枯れそうな樹から、太くて長い枝を拾ってね。枯れ木を倒す時は、刃を入れる方向に気を付けないと、自分に向かって倒れて来るから危ないよ!」


 イリスの指揮の下で、枝拾いが始まっていた。

 他にも、投石器の弾丸となる手頃な大きさの石を集める係もある。

 指揮をするイリスと、護衛を務めるビルマンを含め、二〇人くらいが森に分け入っている。

 何れも籠を背負って、イリスが指示した通りの枝を集めていた。


「慣れたもんだね」


 ビルマンが、地面から大人の腕程の長さを持つ枝を拾い、土を手で払った。

 これを、イリスが背負った籠に入れてやる。


「ビルマンさんは、しなくて良いよぉ。護衛なんだから。いざという時、疲れちゃったら大変よ」


 ビルマンは腰に、剣を帯びている。昨日、ジルダが落として行ったデルタグランドの魔装だ。いざという時には、それを使って、イリスたちを守らなければならない。


 朝から出て、昼頃まで、枝や石拾い作業を続けた。

 森の奥深くまで入り込んでいる。

 あの泉の傍まで、やって来ていた。


「一旦、ここで、休憩にしよう」


 イリスたちは泉を囲む芝生の広場で、身体を休める事にした。


 町で焼いて貰ったパンやチーズを携行しており、森では木の実や野草を手に入れる事も出来た。水は泉のものを呑もうとする者もいたが、こちらもガラス瓶に入れて持ち歩いていたので、それで済ませた。


 まさか、ここにこれだけの人が入る事と予想していなかったイリスは、自分が普段から浸かっている水を飲まれると考えると、恥ずかしくなってしまう。


 泉の水は、どのような時に入っても清らかだ。だから何処かに別のルートがあって、そちらに流れ、入れ替わっているのだろうが、そう分かっていても、イリスには気恥ずかしさがあった。


 自分だけの秘密の場所を、町の仲間や友達とは言え他人に見付けられてしまった――丸裸の自分を眺められているように錯覚さえした。


 この泉は、自分の最初の記憶なのだ。ディアナに掬い上げられるまで、イリスはこの泉に浮かんでいた。


 細胞から熱を奪ってゆく水は恐怖の象徴でもあったが、同時に、顔も知らない母親の胎内であった。人間というのは不思議なもので、雪山のような極寒の地で見付かる死体は服を脱いでいる事が多い。体温が、低い気温と同じくらいまで下がって、服を着ていられないくらいの暑さを感じるからだ。


 赤子のイリスにも同じ事が起こって、冷たい筈の水を、羊水の如き温かさと勘違いしたのだろう。

 そうした事もあって、イリスにとって、この泉は自分のルーツを探る大切な場所でもあった。

 そこで出会ったカルナに、運命染みたものを感じても、仕方のない事である。


 軽い昼食を終えた一同は、町に戻る事にした。

 道すがら、見落としていた枝や石があれば、拾ってゆく。


 すると、不意に風がざわついた。

 いつもは優しい森の風が、妙に鋭く吹き付けたのだ。


 他の者たちは森の事を詳しく知らない。だがイリスは、いつもとは違う風が吹いた事に勘付いた。


「どうかした、イリスちゃん」


 ビルマンが、他の者たちが森の外へ向かおうとしているのに動かないイリスに、訊いた。

 イリスは、自分たちがやって来たのとは反対の方向に、眼を向けていた。

 やがてその木々の間から、ぬぅっと姿を現したものがあった。


「え……」


 その姿を見て、イリスの瞳がきゅっと縮こまった。

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