女騎士②
その女騎士は、アムンの町に衛生面での徹底を呼び掛けにやって来たクライス公国の騎士団の一人であり、彼女に腕を斬り落とされた男は、戦地で虐殺を繰り返した後に逃走した者であったという。
この男が森に入ったという情報と、ディアナたちが森へ行ったという話を聞いた女騎士は、すぐさま森に馳せ参じて、男を捕らえると共にディアナたちを連れ戻したのである。
ディアナが泉の中から救い上げた少女は弱り切っていたが、アムンの人々の懸命な治療によって息を吹き返した。
男が何処かから連れ去って来たものであろうと推測されたが、家族を見付ける事は出来ず、初めに赤ん坊の声を聞いたというディアナが、赤ん坊を家で引き取る事にした。
その赤ん坊が、イリスである。
ディアナはこの出逢いによって、弱い人間に危害を加える悪人と、これに立ち向かう正義の心を宿した騎士の存在を知り、又、赤ん坊を助けようと自らを省みず泉に飛び込んだ事で他人を愛する心を学んだ。
正義と愛を意識して成長したディアナが、やがてアムンを衰えさせようとするドンシーラたちに怒りを覚える事は当然であり、彼らを放置する事を許せなくなるのも仕方のない事であった。
ディアナに賛同したのは、この時、彼女と共に森へ分け入った五人の少年が成長した者たちである。
彼らはあの日の女騎士の背中を追い駆けるようにして、修行の旅に出たのである。
「それより今は、ドンシーラたちの事だ」
ジャスクが、話題を戻した。
「マクール高原からアムンまで、徒歩でおおよそ一日……あの魔装使いの男が全力で走ったとしたら、辿り着くのは今日の明け方くらいかな」
ジャスクの計算は当たっていた。この時、既に、ジルダの報告を受けたドンシーラたちは、アムンに向かって隊を進めていた。
「彼らは馬のようなものを持っていますか?」
「そういう話は聞いていないな。馬車や牛車の類を使っているなら、足跡や糞がある筈だ。それらは確認されなかったらしい。つまり、徒歩で移動しているという訳だ」
「あの男が今朝方、ドンシーラたちの元に辿り着いたとして、昨日の今日で向かって来るとすれば、日暮れから夜に掛けて、でしょうか」
「町の人たちが寝静まった頃に、というのは盗賊共の常套手段だからな」
「ガバーレさんたちには、昼間は休んで貰って、日暮れ近くから見張りに立って貰いましょう」
「それが良い」
「後は、陽動にも気を付けなければなりません」
「三〇人程度の団員を割いて、俺たち遊撃隊を引き付けて、か。しかしこっちが戦闘準備を始めている事を、連中は予想しているかな」
「警戒するに越した事はないでしょう。向こうだって、俺一人がいる事に対し、侮るか慎重になるかは分かりませんから」
「陽動として機能するとしたら……こうだな」
ジャスクは机の上の地図に指を置いた。
先ず、東門に向かって突撃する者がいる。それと同時に、森から坂を上って北門へ突撃する一団。
町の南側は、マクール高原から移動するとしたら、その途中で大きな河にぶつかる事は避けられない。これに沿って移動する事は出来なくはないが、水の傍には町や村があるもので、彼らが密かに移動すると考えたら難しいだろう。
何らかの物資を調達する為に立ち寄れば、その分、時間を喰う。
「逆に言えば、南側で移動手段を調達する可能性もあるという事ですね」
「それはあるかもしれんな。三〇人程度の軍団だ、さして珍しくもないだろう」
カルナとジャスクは、地図を眺めて、ドンシーラたちの行動を予想し、それらに即した作戦案を出し合っていた。