女騎士①
鬱蒼とした森の中を、ディアナと五人の少年たちは進んでゆく。
町に溢れる人間たちの喧騒とは異なる、自然の音色。
風でさえ緑色に染まっているように見え、太陽の光は確認出来るのに肌で感じられない。
空気がしっとりと湿っていて、全身が水の中を歩いているように冷たくなった。
森は、まだ多くの事を知らない少年少女にとって、まさに魔界、異世界であった。
魔族が出るかもしれない――という不安はあったが、自分たちは子供で、すばしっこいから、例え怪物に出会っても逃げ切れるという根拠のない自信があった。特にディアナは、心からそう信じているらしかった。
六人は、横に飛び出した枝で皮膚を切ったり、地面に突き出した根っこに引っ掛かって転んだりしながら、森を歩いた。
“こっちよ!”
そうしていると不意に、ディアナが、何らかの目的地を目指しているかのように、走り始めた。
それまではあてもなく、ただ森の中を放浪していただけだったのが、急に目印を見付けたかのような挙動に出たのだ。
後で聞いた話では、
“赤ん坊の声がした。私を呼んでいた”
らしい。
少年たちは一人駆け出すディアナを追って、森を、入った場所とは別の方向から出た。
森の奥深く、泉の湧き出す芝生の広場であった。
そこだけが、地上を覆う木々を取り払われており、太陽の光が蒼空から降り注いでいた。
ディアナは、彼女が聞いたという赤ん坊の声を求めて、きょろきょろと視線を巡らせた。
すると、その六人に声が掛けられた。
“てめぇら、ここで何をしている?”
ぎょっとして声の方を振り向くと、そこには血まみれになった巨漢が立っていた。
巨漢の手には、黒い錆の浮かんだ剣が握られている。
眼は血走り、歯が欠けた口からは腐臭を放っていた。
何処かの国で、戦争に敗けた兵士が、森の中に逃げ込んで来たのだろう。
血濡れた敗残兵は、唖然とする六人に眼を付けると、ゆったりとした足取りで近付いて来た。
そうして、足が竦んで逃げ出す事も出来ない彼らを見下ろし、残忍な笑みを浮かべてディアナの身体を掴み上げた。
“血が足りねぇ……お前の血を寄越せ!”
余程、餓えていたのだろう。森の中で捕まえられる小動物では、男の腹を満たす事が出来なかったのだ。本当は、牛や豚や鳥が良かったのかもしれないが、それを得られない今、代わりに柔らかそうな肉を持った少女の身体を喰ってしまおうとしていた。
芝生の上に放り投げられるディアナ。
男は剣を構えて、少女の肉体を切り刻もうとした。
ディアナは眼を瞑った。
頭の内側に、先程から聞いていた赤ん坊の声が響いている。
と、ディアナたちがやって来た道から、風のように現れた者があった。
女だ。
剣を構えている。
女は、戦場に於いては人馬を一刀に伏す大剣で、男の腕を斬り落とした。
動脈を断ち切られ、噴水の如く血を伸び上がらせる男に剣を突き付け、女騎士は冷徹に言った。
“腹が減ったからと人間の子供に手を出すとは何事か。魔族の如き行ない、許す訳にはいかん”
女騎士は男の首筋に剣の峰を叩き込んで気を失わせると、持ち歩いていた包帯で男を止血し、残った腕を腰に回して縛り付けた。
そうしてディアナたちに向き直り、
“駄目じゃないか君たち。森は危険だから入るなと、言われている筈だぞ!”
言葉とは裏腹の、優しい笑顔を浮かべて彼らを諭したのであった。
寸での所で助かったディアナだったが、その耳にはまだ赤ん坊の声が届いている。
泉の傍から聞こえる声だった。
泉に駆け寄ってみれば、その中央に、ぷかぷかと赤ん坊が浮かんでいる。
ディアナは泉に入って彼女を抱え上げたが、その身体は冷え切って、声などとても上げられないくらいに憔悴し切っていた。
ディアナは、その死に掛けの赤ん坊を連れて、女騎士や少年たちと共に、町に戻ったのであった。