戦嵐―あらし―の前の…②
「――なんてな」
ジャスクはからからと笑った。
「クラウンクラス、第六の魔装――なんて、所詮、与太話だよなァ。そもそも光の魔装だってお目に掛かった事はないぜ。クライス公国の伝説にある六振りの聖剣なんてのは良く言われるが、伝説は伝説、真面目に信じてる奴なんかいねぇっての」
「そうですね。ジャスクさんは、冗談がお好きみたいだ」
カルナは一度は鋭くした眼付きを、いつものように緩めて、ジャスクと共に笑った。
「それを抜きにしても、あんたは大したものだと思うぜ。何処でそれだけの技や知識を手に入れたんだ? 尤も、それだけのものを得られる人間なんてのは、限られていると思うがね……」
ジャスクは何となく、カルナの正体についてあたりを付けているようだった。それでもはっきりとさせないでいるのは、傭兵として戦場を駆け回り、戦いに明け暮れる日々の中で、訳ありの連中と触れ合って来たが故の心の機微の為であろうか。
「俺には目的がありますから。力も技も、知識も、その為の手段以外ではありませんよ。そう考えると、何処で身に着けたかどうかは、余り関係のない事です。勿論、師匠には感謝していますが……」
「目的、ね。今朝やっていたあれも、その為のものかい? まぁ、身体を維持するものなんだろうけど」
今朝やっていた――というのは、壁の上でカルナがしていたものである。
「はい」
「大したものだよな。遠くから見てたけど、あれはかなりきついんじゃないのか」
「それがタパスというものです。タパスはこちらの言葉で言えば修行という意味になりますが、語源に遡れば“痛み”や“熱”といった意味です。痛み、厳しさを伴うからこそ、身に着くものもあります」
「頭が下がるぜ、全く。そう言えばセンセがイリスちゃんと出会ったのも、修行……タパスとやらの最中だったんだって?」
「ええ。呼吸の力、肺活量を大きく保つのに、森の奥の泉の底にいたのですが、そこに彼女がやって来て……」
自分を水死体、或いはそうなり掛けているものと勘違いしたイリスに、水面まで引き上げられたのだ。
そのイリスは、町の人たちを何人か連れて、森へ資材を集めに行っている。
「あの森には魔族が棲まないって話だが、実際、どうなんだ、センセ」
「俺が通った時は、何とも出くわしませんでしたよ。ただ、何があるか分からないので、ビルマンさんに付いて行って貰いました」
そう言いながら、カルナは思い出していた。
昨夜の、ダイパンの話だ。
ダイパンにはもう一人ディアナという孫娘がおり、イリスは本当の孫ではないという事。
そのイリスは、森の泉の傍で、ディアナが見付け、町に連れて来た子供であったという話だ。
まだ、アムンの町が、各国の貿易で栄えていた頃の話である。
町の人々は今以上の平和を享受しており、例えば町の門番や壁に上っての見張り番などは、宿泊費や食事代などを割引する代わりに、旅の騎士たちが行なっていた。
小競り合いや内紛などはあったし、一四大国が睨み合っている時期ではあったが、大陸全土を巻き込むような大戦争が鎮圧されてから永き時が経ち、騎士たちの間には騎士道なる精神文化が根付いていた。
その為、礼儀や立ち振る舞いなどに関して、騎士たちは自らを厳しく律している場合が多かった。これにより、自分たちを受け入れる者には最大限の礼を尽くすという暗黙の了解が、各国の騎士たちの胸には存在していたのだ。
或る日の事だ。
当時、少女ながら、同い年の少年たちのリーダー格に収まっていたお転婆娘のディアナは、大人たちの眼を掻い潜って、何人かの少年らを連れて森へ向かった。
“魔界に行くのは危ないよ”
“悪いエルフに魂を抜かれてしまう”
“オークに捕まったら、酷い事になるぞ”
と、少年たちは怯えていたのだが、ディアナは、
“あんたたち、男でしょ! おチンチン付いているのに、そんな情けない事を言わないで”
そんな風に、少年たちのプライドを刺激する事を言って、焚き付けた。
意気揚々と森の奥へ進んでゆく、ディアナを先頭に、五人の少年たち。
そこで事件が、起こったのだった。