出会い―イリスとカルナ―②
「私、イリス。この近くのアムンっていう町に住んでいる、イリスよ」
イリスと名乗った少女は、身体から水気を飛ばして、衣服を身に着けた。
「もう良いわよ、こっちを見ても」
イリスは男を先に水から上げさせ、服を着させた。そうして、自分が服を着るまでの間、適当な樹の表面をずっと見つめているように言ったのだ。
背の高い男だった。皮膚の色は、イリスよりも幾らか色が濃い。全身の筋肉が柔らかく、均等に発達しており、外見だけで高い運動能力を想像させた。
二つの筒に分かれた布に、両脚を入れている。長さは脛の中頃辺りまでで、その裾を外側から締めるようにして、イリスのものより頑丈そうなブーツを身に着けていた。
腰には皮の帯を通しており、これを金具で固定する事で、下衣がずり落ちないようにしている。
上半身には、大きな布を纏っている。
大人の頭から足先までを、すっぽりと包めてしまう布だ。これを半分に折り、中心を臍に合わせて、お腹にくるくると巻き付ける。左側から垂らした布を、背中から右肩に回して前に斜めに下ろし、腰に巻いた布の下に、端を差し込んだ。右側に余した部分も、左肩に回し、初めに斜めにした布と交差するように下ろした。布の端は同じように、腰巻き部分に差し込んで、余った布を絡げる形で固定した。
「俺は、カルナ」
「カルナ……さん、かぁ。この辺りじゃ珍しい名前ね。それにその服も……」
「ああ。ここからは遠い場所から、来た」
「遠い場所って?」
「海の向こうさ」
「それは、随分と遠い場所ね!」
イリスは海を見た事がなかった。森の北側には高い山から大きな川が流れており、この泉とも深い場所で繋がっている。しかし川が海に行き着くまではかなり長い距離があり、イリスはその先を見た事がないのだ。
「アムン……と言ったね、君の町は」
「ええ。平和の町とも呼ばれる、あのアムンよ」
「あの? 有名なのか」
「もっちろん! アムンには身分や貧富の差がなくて、誰も争う必要のない、温かくて優しい町なの。地理的に旅の要衝にもなっているから、色々な国の人たちがやって来て、食料や調味料、装飾品なんかを置いて行ってくれる事もあるわ。カルナさんは、旅人なのに知らないの?」
「ん――そうだな、不勉強ですまない」
「ふふっ、カルナさんは素直な人ね。良いわ、私がアムンまで案内して上げる!」
そういう事になった。
カルナは、イリスが背負っていた枝の籠を代わりに持ってやる事にした。
森の中を、二人で歩いている。
「あちこちに木の根っこや岩が突き出しているから、気を付けて!」
イリスはそのように言った。
しかしカルナは、森の中を歩く事は手慣れていると言った様子である。頭の高さに伸びている枝を払い、何かが潜んでいるかもしれない茂みを避けて、地面から突き出した硬い樹の根を踏み越えて歩いている。
「この森は、珍しいんだな」
カルナは呟いた。
森は静寂そのものだ。背の高い樹が密集して、木の葉の天井を作っている場所などは、太陽光を殆ど遮ってしまう。まだらの光を見上げるカルナを、イリスが振り向いた。
「え?」
「いや、この森はこんなに広いのに、魔族がいないようだと思ってね……」