炎のファイター②
平和の町の内部を迷路に造り替える人々も、武器を壁の上まで運ぶ人々も、一旦は足を止めて、その決闘に注目している。
「ジャスクさんって強いの?」
「話では、戦場で一〇人以上に囲まれて生き延びたらしいぜ」
「それも何年前の事だよ」
「確かに身軽で力もあると思うけど、でもカルナさんは昨日、あの荒くれ者に勝ったわ」
「しかも素手で、だよ」
「チンピラと騎士の強さが比べられるかよ」
「そのチンピラだって、ドンシーラの盗賊団の一味だっていう話じゃない」
「俺、ジャスクに賭けるぜ」
「俺はカルナさんだ。敗けたら飯を奢れよな」
広場中央で対峙するカルナとジャスク、その周囲に詰め掛けた町の人たち。
彼らは口々に、手合わせという名目の決闘の行方を、あれこれと予想していた。
しかしいつまでたっても二人が動かないのを見て、次第にざわめきが小さくなり、やがて誰もが黙りこくった。この決闘を知らない人間だけが作業に没頭しており、その音が壁の際から届いて来る。
「ゆくぞ……」
剣を八双に構えたジャスクが、眼を狼のように鋭くした。
それと共に、カルナに向かって踏み込んでいた。
素早い踏み込みだった。
足を緩く持ち上げたと思ったら、刹那、矢のような速度でカルナの間合いに入っていた。
「ひゃらっ!」
唇から鋭い呼気を噴くと共に、剣が袈裟懸けに打ち下ろされていた。
刀身が孕んだ赤い光が、ゆらりと虚空を引き裂いたように見える。
カルナは右足を身体の左側に移動させつつ、左手で握った棒を剣の軌道に合わせて先端を下げた。
しゅかっ!
という音がして、ジャスクの剣の腹が棒の表面を滑る。カルナはジャスクの斜め後ろに立っていた。
ちぃっ、と舌を鳴らしたジャスクが、右足を後方に跳ね上げる。ブーツの底に装着した鉄の蹄が、カルナの右腿を切り裂くようにして迫る。
カルナはこの蹴りを、足首を左足で受ける事で止めた。
するとジャスクは剣を逆手に持ち替え、後方のカルナに切っ先を突き出した。
カルナが更に後ろに跳んで、棒を正面に構える。
立ち位置を入れ替えて向かい合う二人。
ジャスクは唇をぺろりと舐め上げると、剣を順手に持ち直し、その刀身をなぞるように手を動かした。
金属の表面に浮かんでいた赤い光が大きくなる。柄尻の火の魔法石が爛々と輝いていた。
ジャスクが剣を構えて走る。
カルナがゆらりと動いた。
ジャスクは変わらずに八双に構えていた。あの構えから繰り出されるのは、袈裟懸けか横薙ぎ、或いは左側からの斬り上げだ。唐竹や逆袈裟、胴薙ぎを打つには、動作を行なう距離が足りない。
カルナはぱっと右に跳びつつ、剣を振り下ろすモーションのタイミングを狙って、ジャスクが前に出していた左手首を軽く叩こうとした。得物が棒で、鎧を纏っているとは言え、自身の速度を加えられて打ち込まれた打撃には怯む筈だ。
しかし、カルナが自身の右側に跳ぼうとした瞬間、ジャスクは右足を外側に振り出してブレーキを掛けた。そうして左足を後ろ側に引くと共に、カルナの左脚に向かって剣を放った。
右側への移動の為に、ジャンプの起点となる右足を浮かせていたカルナは、左足の重心を保つ事がおろそかになっている。ここで剣を躱すのは可能だが、そうなれば次の動きに支障が出る。
カルナは棒を斜めに打ち下ろしたが、ジャスクには届かなかった。それで良い、カルナは棒を振るう腰の動きで、強制的に左足を跳躍させた。空中で身体をひねって横っ飛びになりながら、着地して体勢を整える。
するとこれを予想していたように、ジャスクの右の後ろ回し蹴りが眼前に迫っていた。
腰を反らして蹴りを避けるカルナ。その顎先の皮膚を、ジャスクの踵が毟り取ってゆく。
だがジャスクはそれでは終わらず、左の逆手に持ち直した剣をカルナの頸に向かって奔らせた。