タパス①
夜が明けた。
何処までも続くような平野の果てから、白い光が夜空を持ち上げ始めている。
風によって運ばれる光のさざ波に、カルナは自らの身体を晒していた。
あの後――
ダイパンが小屋から自宅に戻った後、カルナは少しだけ眠った。
カルナは短い睡眠で体力を回復させる術を身に着けており、陽が昇る前に壁の上に向かった。
壁は、上の方に見張りの人間が行き来出来るスペースを作っているので、上部の幅もそれと同じだけある。成人男性の肩幅の、一・五倍と言った所だろうか。
カルナは通路の上にやって来た。
梯子は櫓の役目を果たす通路の入り口までしか届いていないが、カルナはその窓の上から天井までを構成する石の、僅かな突起や隙間に指を掛けて、塀の上に到着した。
ジルダのように大柄ではないが、それでも長身の持ち主であるカルナが壁の上に立つと、壁の表面を這い上がる風に吹き倒されそうになる。
下を向けば、常人ならばその場でおののき、落ちまいと重心を制御しようとして却ってバランスを崩し、落下してしまう可能性の方が高い。
そうなったら、良くて半身不随と言った所だろうか。
カルナはしかし、吹き上げる風を身に受けて尚、微塵も揺らぐ事なく壁の上に立ち、上半身に身に着けていた布を取り外すと、丁寧に折り畳んだ。背中の傷は、もう治っている。
そして衣を石塀の上に置き、その場に尻を下ろした。
そこで、結跏趺坐をした。
両脚の太腿に、それぞれ違う方の足を乗せる座り方だ。
背筋を凛と伸ばして、緩く開いた両手を左右の膝に置いた。
半眼を作る。瞑っているように見えるが、上下の瞼同士がくっついていない。
唇も、僅かに開いている。
夜の残り香である冷たい風と、朝のあくびである温かい陽射しを一身に受けて、カルナは呼吸を始めた。
ここへやって来るまでに腹の中に蓄えた空気を、全てひり出してしまう。
お腹が、隕石が落ちた地面のように窪んで、厚めの大胸筋の下にある肋骨が浮かび上がった。
内蔵が何処に行ったのか分からないくらいまで腹を窪ませると、今度は鼻から息を吸い込み始める。
鼻孔を通った空気は、気道に入り、肺を通過して、腹の中に滑り込んだ。
カルナの鼻だけが、しゅぅぅ~~~~……という仄かな擦過音を鳴らし続けている。緩く開いた口からも、自然と空気が流れ込んでいるみたいだった。
そうしていると、見る見る内にカルナのお腹が妊婦のようにぽっこりと膨らみ始めた。
腹の膨張が止まった所で、カルナは息を吐く。鼻から、同じ擦過音と共に空気が前方に伸びてゆく。口から洩れる息は、吸い込んでいた時と同じで自然であった。
膨らんだお腹が忽ち薄っぺらくなってゆき、再び肋骨が剥き出しになる。
これに伴って、一瞬、カルナの肉体そのものが骨と皮だけになるまでに小さくなったとさえ思えた。
「――迦!」
咽喉を鳴らして、吸い込んだ空気の最後の一粒まで排出し終えると、又もや深い呼吸を始めた。
腹が膨らみ出し、一度は縮んでしまった肉体が、その逞しさを取り戻してゆく。
腹の膨らみが止まった所で、蓄えた空気を放出していった。
それを、一三回繰り返して、カルナは眼を開けた。
どっと汗が吹き出していた。
呼吸によって内的な毒素――疲労などが取り除かれ、昨日までの旅の中で傷付いていた細胞が汗と共に流れ落ちてゆくのである。
リフレッシュしたカルナの肉体から、瑞々しいエネルギーが立ち昇っているように見えた。
充分に汗を掻いたカルナは、脚を解き、衣で身体を拭うと、その場で柔軟運動を始めた。
両腕をゆっくりと頭上に伸ばし、左右に下ろして、再び膝の上に戻す。
片方の脚を横に振り出して、腰をひねり、上体を反対側に倒してゆく。
元の姿勢に戻ると、右手を右の尻の横に置き、腰をひねって、左腕を右腕と交差させる。そのまま左脚を持ち上げて、膝を自分のうなじに引っ掛けた。
この時も、先程までの呼吸は続けていた。