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マクール高原の残虐首領

 マクール高原――


 遮蔽物の殆どない、芝生だけが延々と広がる、茫漠とした平地である。

 人が通る事が日常となった道から逸れると、ぽつぽつと地面から突き出した岩が見られるだけだ。


 しかし何処からか、ごぅごぅという巨大な唸りが、風に乗って聞こえて来る事がある。

 水の音だ。


 マクール高原から北に進んだ場所に、大きな河が流れている。その河に沿って、下流である東へ向かって歩いてゆくと、急に地面が焼失して、莫大な量の水が轟音と共に落下する大瀑布に直面する。


 ふちまで進んでみる事は出来るが、下を覗き込む事は出来ない。人体のパーツの中で尤も重い頭部を傾けた途端、オーバーハング気味の崖から激流と共に落下する事になる。


 滝壺に落ちて、上がって来た人間がいるとすれば、それは死体だけだ。


 それだけの大きさの滝が、風の流れによって爆音を高原に響かせるのである。


 地平線の向こうから、白い光が紺色の空を塗り替え始める頃、風が不意に大きくなって、滝の音が良く通るようになった。


 マクール高原では変わらずに、宴が続いていた。


 ドンシーラ率いる盗賊団は、小動物を火で炙って食べ、何処からかかどわかして来た女たちを組み敷いていた。


 全部で、男は、二四人。

 長い髪と長い髭を蓄えた男――ドンシーラを除く二三人が、九人の女を分け合っていた。


 ドンシーラは静かな眼で、蛇の舌先のような火を見つめている。

 そのドンシーラの眉がぴくりと動き、顔が持ち上げられた。


 眼には、一人の男が、息を切らして、こちらへ走って来るのを捕らえている。

 ジルダだった。


 ジルダはドンシーラたちの元へ到着すると、崩れるようにしてその場に倒れ込んだ。


「ふ、随分と頑張ったじゃないか。そんなに女とやりたかったのか?」


 馬で半日、ゆっくり歩いて一日。

 アムンからマクール高原までは、それくらいの距離がある。


 昼前に出たとしても、太陽はすっかり空に昇っている時間に戻って来ると考えていたのだ。


「頭領……あいつら、この俺を、馬鹿にしやがった」

「ほぅ?」


 他の者たちは、明け方になっても女に夢中だ。ドンシーラだけが、ジルダに向き合っていた。


 ドンシーラは東を背にしている。今まさに這い上がろうとしている太陽が、ジルダから見て逆光となっており、影の落ちたドンシーラの輪郭を白く縁取っている。


「しかも、妙な男と出くわしちまった。あいつ、この俺を舐め腐って……」

「おい、ジルダ。お前、魔装はどうした」


 ドンシーラは、ジルダが出発前には腰に帯びていた剣がないのに気が付いた。

 ジルダの、顔を水に浸けたように掻いていた汗が、すっと息を潜めてゆく。


「こ、これには訳が!」

「デルタグランドとは言え貴重な魔装を、てめぇ、失くしやがったな」

「き、聞いてくれ頭領!」


 ジルダは疲労の張り付いた上体をどうにか起こして、ドンシーラの前でアムンでの事を話した。

 魔装使いである自分を、武器を持たずに圧倒した異国の男の事だ。


「ふむ……」

「きっとあいつは、何処かの国の戦士だ。アムンの町の奴ら、俺たちに戦いを挑む気なんじゃないか? あの男はその下準備にやって来たんだよ。だから、今の内にあの町を潰しちまった方が良い……」


 そう言いながらジルダは、ドンシーラの背後から昇って来る太陽の光を、手で額にひさしを作って防ごうとした。


 すると、ジルダが自分の手で作った影の中から、より深い黒色に煌くものが擦り上がって来た。

 その黒いものが、ジルダの咽喉元を貫いた。


「げぇぇっ」


 ジルダは口から、血液と共に悲鳴を迸らせた。これに、盗賊団の者たちが漸くジルダの帰還と、その死を齎すドンシーラに気付いた。


「ふん……」


 ドンシーラは、蛇の絡み付いたハルバードの穂先を、ジルダの咽喉に突き刺していた。そうして、石突きの鎌部分を杖代わりに立ち上がる。ジルダの身体が勝手に立ち上がらせられ、ドンシーラが直立した時にはジルダの足の爪先は地面から浮いていた。


 ジルダは暫く、咽喉に刺さった槍を抜こうとしていたが、持ち上げた両手が穂先の手前の斧部分に触れて傷付くばかりであった。そうしている内に、喰い縛った歯の隙間から泡立った血を吹き出して、動かなくなった。


 ドンシーラはハルバードを振るい、ジルダの骸を地面に放り捨てた。


「いつまでやってんだ、てめぇら。さっさとその粗末なものを仕舞って、仕事の準備をしろ!」


 ドンシーラの一喝で、男たちはそれまで愉悦と共に嬲っていた女たちを解放し、衣服と武器を身に付け始めるのだった。

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