少女の純真・男の諦め②
「もう一人、お孫さんがおられるのですか」
「ああ。イリスより、幾つか年上だがな」
ダイパンは何かを決意したように、大きく息を吸い込んで、吐き出すと、話し始めた。
「今回、イリスが貴方にあのような頼み事をしたのは、ディアナの事もあっただろう」
「ディアナというのが、もう一人のお孫さん?」
「うむ。……ドンシーラの盗賊団が現れるようになったのが、三年程前という話はしましたな」
「ええ」
「その頃、ディアナも亦、今のイリスと同じように、不戦の契りを敢えて破る事を提唱した。しかし当時、アムンではまだドンシーラの事を大きくは考えていなかった。町の人たちの多くは反対したよ、この儂も含めてな。儂がもっとディアナの話を真剣に聞いていれば、もう少し早くから、このような体勢を整えるよう準備していたかもしれない……」
「何かあったのですね、ディアナさんに」
「ディアナは警備の強化と、兵団の設立を提案したが、儂は断った。するとあの子は、いつの間にか、数少ない賛同者と一団を結成しておった。そして我々の反対を押し切り、騎士として、戦士としての実力や知識を身に着ける旅に出ると行って、町から姿を消した……」
「修行の旅という訳ですか」
「うむ」
「彼女たちはまだ、帰って来ていないのですね」
「これから、帰って来るかどうかも分からぬ。考えたくはないが、修行の最中で……という事もある」
「――」
「……励まさぬのですな」
「そうしたい気持ちがない訳ではありません。しかし、そのディアナさんたちの事を知らないばかりか、余所者である俺が、期待をさせるような事を言っても、どうにもならないでしょう」
「正直な人じゃ」
ダイパンは儚げに笑った。
老人は既に、町を飛び出したじゃじゃ馬な孫娘の事を諦めているように見えた。
それまで平和の町で安穏と暮らして来た少女が、小人数を引き連れて修行の旅に出たとして、三年もの間、帰って来ず、便りさえなかったとなれば、希望を捨ててしまう事も分からないではない。
カルナの方は、騎士としての修行が三年で済む訳もない事を分かっている。だから、老人が本当は求めていた希望的観測の肯定をしても良かったのだが、余計な期待を煽って変に心を揺さ振らせる事を、カルナは良しとしなかった。
「彼女の真っ直ぐさは、そのディアナさんの影響なのですね」
「多分な」
「彼女は、森でタパスをしていた俺を、助けようとしてくれました」
実際にはイリスの勘違いだったのだが、水底で横たわっている男を、あの小さな身体で助けようとして、すぐさま身一つで行動出来るのは、イリスの心の純真さあっての事だ。
町を守れる力を身に着けるべく、祖父の反対を押し切ってでも旅に出たディアナと本質的には同じで、町や人への優しさや愛を持っているが故の行動に他ならない。
「森の、泉? ……あの子はまた、そんな所へ」
「森へ薪を取りにゆくのは、彼女の仕事ではないのですか?」
困ったように言うダイパンに、カルナは訊いた。イリスが森へ向かった事そのものに対する言葉だと、カルナには感じられたのだ。
「森は魔界じゃ。せめて、外が見える入り口までにしなさいと、言って置いたのだが……」
「彼女が言っていましたが、あの森には魔族が生息していないらしいです。女の子一人で森へ入るのは感心しませんが、彼女自身、森には慣れていた様子でしたし……」
「安心するのかもしれんな、イリスには、あの森が」
思い出すようにして、ダイパンは呟いた。
「安心……」
「泉でイリスと出会ったと言ったな、カルナさん。実はイリスは、あの泉の傍でディアナが見付けた子なのじゃよ……」