出会い―イリスとカルナ―①
明るい陽射しが、緑の合間を縫って地上に降り注いでいる。
深い森の奥の事であった。
森の奥には開けた芝生の広場があり、その真ん中では大きな泉が、陽光をたっぷりと浴びて水面のさざ波を煌かせていた。
その泉のほとりに、一人の少女がいる。
背の低い、茶色の髪をした少女だった。
筒形の貫頭衣を身に着けている。二枚の布を折って、頭と二の腕を通す穴を残し、縫い合わせたものである。腰の位置で紐を結んでおり、裾は膝の上まで引き上げられて、健康的な太腿が露出している。脛の中頃まである、薄汚れた皮のブーツを履いていた。ブーツは所々ツギハギになっており、長い期間使用されていた事が分かる。
少女は大きな籠を背負っていた。籠には折れて地面に落ちた樹の枝が、いっぱいに詰め込まれている。
「ふぅ、今日も頑張ったなぁ。ここらで、休憩にしよう」
少女はひとりごちると、籠を一本の木の根元に置き、うん……と、伸びをした。
肩や頸を回したり、腕や脚を揉んだりして、枝拾いの疲れを癒した。
そうしてやおら、衣を脱ぎ始める。
紐をほどいて、貫頭衣を取り払った。小振りな乳房を固定する布も、折り畳んだ貫頭衣の上に畳んで置き、ブーツの紐を抜いて裸足を芝生の上に置いた。尻の割れ目の上で結んだ紐をほどき、腰から股下を覆っていた布を脚の間に垂らして、腰骨の位置の紐を取り外した。
ピンク色に艶めく裸身を無防備に晒しながら、少女は泉の中に足の爪先を入れた。
程良い気温の午前中であったが、水はほんのりと冷たい。少女はゆっくりと足を水の中に沈めてゆく。
泉は、大人が一五人から二〇人、手を繋いで輪を作ってどうにか囲めるくらいの大きさであった。小柄な少女にとっては、大浴場に匹敵する広さだ。
少女は肌に染み入る冷たさに、小さく身体を震わせた。しかし体温が下がり、水と均衡の取れた温度になると、腿、尻、腰、腹、胸と、肩まで水に浸かってゆく。
初めはそれでもまだ冷たかったのだが、泉は常に太陽光に晒されており、暫く入っていると揺蕩うようなぬくもりが身体に向けて注ぎ込まれるようであった。
少女は心地良さに身を委ねて、ついつい眠ってしまいそうになる。
その眠気を吹き飛ばすようにして、顔から泉の中に入り込んだ。
泉の外縁は少女の膝くらいまでの深さである。しかし中心に向かうに連れて深くなり、その途中から、がくんと地面がなくなるような感覚に襲われる。
少女は慣れているので、その深い場所でも自分を見失う事なく浮かんでいられるが、初めての人間だとそうはいかないだろう。
少女は身体を丸めて、胎児のように泉の中を揺らめいた。
水のフィルターを通して身体に陽光を浴びていると、まだ生まれる前の記憶が蘇るような気分になる。少女はそれが好きだった。
泉の底から、水が湧き上がって来る。この時に生じる気泡の、特に大きなものが、身体を丸めた少女に覆い被さって、空気のカプセルを作り出す。
しかしその空気のカプセルが、いつもとは違う――巧く言えないのだが、香りのようなものを発しているのに気付いた。
眼を開けると、深いブルーの世界の真ん中、泉の一番深い場所に、一人の人間が倒れている。
少女は驚きながらも、咄嗟に動いていた。
水を掻いてそこまで潜ってゆくと、倒れて入る男の腕を引っ張り上げる。男の身体は思いの外軽く持ち上がり、少女と男は水面に浮上していった。
「――ぷ、はぁっ!」
水面に顔を出した少女が大きく口を開いて、新鮮な空気を吸い込んだ。
それに続いて、男の頭部がぬぅっと自ら持ち上がって来る。
「あ、あ、貴方……! 大丈夫だっ……た……!?」
少女が問うものの、男はきょとんとした顔だ。眼も濁っておらず、皮膚や唇の色も鮮やかで、水死寸前であった人間とはとても思われなかった。
「……何か、勘違いさせてしまったみたいだね」
男は、ぽりぽりと頭を掻きながら、言った。
これが少女イリスと、旅人カルナとの出会いであった